春日行雄
【写真 枦膾日日新聞に連載された春日行雄さんの回想録蕕判嫺さんの著書「ウランバートルの灯みつめて五十年」

 日本モンゴル友好協会の会長を務めた医師の春日行雄さん(1920―2011年)は、モンゴルと日本の懸け橋に生涯を賭けた人だった。2001年、島根日日新聞に連載された回想録「モンゴル育ちの医者」を読んだ。序文に61回の連載、関連記事もある。記事コピーは、桜美林大学でモンゴルの歴史・文化を教える都馬バイカル教授からお借りした。

 私は、本当は春日さんの著書「ウランバートルの灯みつめて五十年」(1988年、モンゴル会)を探していた。仙台、盛岡、山形の古本屋を探したが見つからず、昨年11月30日、東京・NHKホールで開かれたモンゴル国立馬頭琴アンサンブルの公演を聴きに上京したついでに神田神保町の古本屋街を回ったが、なかった。蔵書検索で桜美林大学の図書館にあるのはわかっていたので、バイカル先生に相談するかと思いながらNHKホールに向かった。入り口で開場を待っていたら、ばったりバイカル教授に会った。立ち話の中で、教授は「その本、うちの研究室にあるよ」と言った。図書館の蔵書とは別に研究室にあるのだという。

 「ウランバートルの灯みつめて五十年」は、1938年(昭和13年)から50年間の歩みを1冊にまとめた。春日さんの回想録ではあるが、新聞記事や手紙、写真などをそのまま載せているので資料集のようでもある。私としては、島根日日新聞の回想録の方が読みやすかった。

 春日さんは、島根県の大社中学(現在の大社高校)を卒業して、代用教員を経て、モンゴルの人材育成を目指す蒙古善隣協会の「興亜義塾」の給費学生となり、さらに満洲国陸軍軍医学校に入学する。日本の敗戦後は、捕虜として2年間、モンゴルに強制連行され、ウランバートル郊外のダンバダルジャー寺院の境内にあった捕虜収容病院(アムラルト病院)の医師兼通訳として、死亡者の病理解剖など過酷な抑留生活を送った。

 アムラルト病院では、「ウランバートル捕虜収容病院」(草思社、1991年)の著者、山邉槇吾さんや小説「黒パン俘虜記」(文春文庫、1986年)の胡桃沢耕史(本名・清水正二郎さん)らと一緒だった。中京テレビのドキュメント番組「バヤルタイ」でモンゴル人のホンゴルズル記者がインタビューする友弘正雄さんも春日さんの回想録に出てくる。友弘さんは、凍傷のため両足の膝下を切断するが、「黒パン俘虜記」の生々しい記述は、友弘さんがモデルだという。

 「ウランバートルの灯みつめて五十年」には、春日さんは、自分の名前を「カスガサン」で通したことが書かれている。監視兵に「カスガ」と呼び捨てにされるのは癪だったので、モンゴルの政治家チョイバルサンにならって、カスガサンと伝えたという。逆境の中での駆け引きであり、機知に富んだユーモア精神にも思えて、私は、このくだりを読んだとき、笑ってしまった。

 春日さんは、日本に引き揚げた後は、保健所長や外国航路の船医などを務めた。1964年には日本モンゴル協会の創立に参加した。当初は事務局長、後に会長を務めた。会の名前は日蒙協会とする案もあったが、「蒙古は漢民族の蔑称に由来するのでモンゴルに統一した」と回想録に書いた。モンゴル抑留で亡くなった人たちの墓参にも力を注ぎ、1966年、長谷川峻代議士を団長とする初めての墓参団の訪モが実現する。

 春日さんは、1997年、「家なき子」が生活する「テムジンの友塾」をウランバートル郊外に創設した。中京テレビの番組「バヤルタイ」では、友弘正雄さんと塾の卒業生との交流が描かれている。
春日さん遺影
【写真◆曠瀬鵐丱瀬襯献磧嫉院の境内に春日行雄さんが建てた「モンゴル殉難日本人霊堂」の中に飾られている春日さんの遺影=2022年10月29日、筆者撮影

 2022年は、モンゴルと日本が国交を結んで50年となる記念行事が続いた。東京・光が丘公園で開かれた「ハワリンバヤル」では、鯉渕信一・亜細亜大学名誉教授が「長いトンネルを抜けて―国交樹立への道」と題して講演した。鯉渕教授は、1945年の終戦からモンゴルと日本は、ほとんど没交渉だったが、抑留で亡くなった方々の墓参りの交渉がきっかけで国交樹立の機運が盛り上がったことを解説し、「春日さんが仲間に墓参を呼びかけて奔走した功績は大きい」と述べた。

 NHKホールで開かれた馬頭琴コンサートは、日モ両国の国家元首がともに夫婦で鑑賞した。両国の外務省など関係者の根回しが奏功したのではないか。長いトンネルを抜けた後に、日モ両国の友好親善が実現したことを証明する演奏会だったと私は思う。草葉の陰で春日さんも喜んでいるに違いない。

▽森修 もり・しゅう     

1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

草原の記 (新潮文庫)
遼太郎, 司馬
新潮社
1995-09-29


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