草原に生きる
【写真 曠▲薀織鵐曠筌さんの著書「草原に生きる」

 モンゴルは変化が激しい。私は2003年6月、モンゴル国(北モンゴル)を初めて訪れた。以来、行くたびにウランバートルの街の風景が変わっていくのを見てきた。「ウランバートルはモンゴルではない」とモンゴル人自身が言っているほどだ。アラタンホヤガ著「草原に生きる―内モンゴルの今日(いま)」(論創社)を読むと、中国の内モンゴル(南モンゴル)も急速に変化しているらしいことがわかる。
 
  著者は、内モンゴルの中部シリンゴル盟の出身。新潟大学に留学し日本で就職したが、変化する故郷の遊牧文化を記録したいとの思いに駆られ、2011年ごろから内モンゴルでの取材を開始した。写真は来日前からの趣味だったが、写真専門学校に入学して本格的に学んだ。
 
この本には233枚の写真が収められている。カバー写真を除き、すべてに撮影年月日が付けられている。記録として残す意気込みを感じる。文化大革命によって伝統文化は否定された。定住化政策で遊牧生活は、さまざまな制約を受けてきた。レアアース、石炭、石油、天然ガスなど地下資源開発に伴い、牧草地は縮小された。著者は、消えゆく遊牧社会に触れながら「現状を記録し次世代に伝えていきたい」と書いている。
 
第一章「春と夏の仕事」では、遊牧民の日常生活が描かれる。羊を解体すると、内臓や肉は近所におすそ分けされる。著者は、その使いをさせられた。おすそ分けの皿は、そのまま返すのは礼儀に反するとされ、必ず飴などの菓子やチーズが乗せられてくる。著者は「子どものころ、飴はめったに食べられない貴重なものだったので、それがうれしかった」と書いている。写真と文章は、こうした著者の体験に基づいている。
草原の洗濯機
【写真◆曠▲薀織鵐曠筌著「草原に生きる」から。草原の中、発電機で洗濯機を動かす

 15ページには、草原の中の洗濯機が紹介されている。発電機を使い電気洗濯機を動かしている写真だ。携帯電話も必需品になった。著者の母親は、中国語を一切理解できないが、何十人もの子どもの親戚の名前を、他人に頼んでアドレス帳に入れているそうだ。中国版のSNSやチャットも使えるようになったという。
鉄条網
【写真】アラタンホヤガ著「草原に生きる」から。牛たちも何とか鉄条網から出たいと
試みている
 
   第三章「鉄条網」では、定住化政策で自由な遊牧生活ができなくなった現状を紹介している。遊牧社会の原点は、草原を荒らさないように移動することだ。ところが、土地の分配が横行した結果、鉄条網に阻まれ、自由な移動ができなくなった。砂漠化を防ぐことを名目に遊牧が制限される。しかし、そのことで環境が悪化する、おかしな現象が進行している。死者を土葬する「ノドク」の場所も失われた。著者は「鉄条網は結局、草原を分断しただけでなく、モンゴル人の文化、地域コミュニティーを分断し、心まで閉じさせてしまった」と書いている。

 第四章「秋から冬の仕事」に出てくるゲルの写真は、煙突が真ん中ではなく、入り口近くになっている。使えるスペースを広くするために改造したのだという。燃料の牛ふん集めは、冬の大事な仕事だが、アルグという柳の枝をあんだ籠を背負った年配女性の写真もある。著者は「7年以上取材し、初めてアルグを使っている遊牧民に出会ったとき、なぜだかすごく感動した」と書いた。

 第六章「寺院」では、敬虔な仏教徒であるモンゴル人が大切にしてきた寺院が、文化大革命によって弾圧、破壊された歴史を紹介している。観光用に利用価値がある寺院は少しずつ修理が行われている。しかし、「修復といっても、日本の文化財のように本来の材料を忠実に用いて、昔ながらの手法でやることは全くない。あちこちから集めてきた労働者が普通の一軒家を作っている感覚」と著者は書いている。

 文化財の修復、保存は、歴史や民俗への深い理解が根底になるはずだ。中国では大丈夫なのだろうかと思えてくる。

 遊牧社会が変化しているのは、北モンゴルも南モンゴルも似たようなものだろう。しかし、南の場合、モンゴル人を中国人に仕立てる同化政策が立ちはだかっている。ブリヤートを紹介する第十三章では、子どもたちについて「気になったのは中国語をしゃべることだった。子ども同士が集まると中国語でしゃべりながら遊んでいるところに何度も遭遇し、その現状に言葉を失った」と書いている。


▽森修 もり・しゅう 
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。
草原に生きる 内モンゴル遊牧民の今日
アラタンホヤガ
論創社
2022-04-28


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