オンライン締結
【写真】オンライン締結式でカメラに向かい、茨城県の大井川和彦知事に覚書を示す新モンゴル学園のガルバドラッハ理事長罎反轡皀鵐乾觜眄譴離張Д鵐疋好譽鷙残広蕁茲魯ントゥール学園専務理事(新モンゴル学園提供)


 茨城県は、ウランバートルの新モンゴル学園と協力し、同学園を卒業した人材を県内の大学・企業に受け入れるなど、関係を強化するという。日本は目下、コロナ禍の水際対策で、留学生の門戸を閉ざしているが、こうした交流に理解が深まれば、壁を打ち崩すアリの一穴につながるのではないかと私は期待している。
 
 覚書の締結は、2月9日の日経新聞、10日の茨城新聞のそれぞれネット版で知った。早速、新モンゴル学園のガルバドラッハ理事長に聞いた。「うちの卒業生が茨城県内の企業に就職できるチャンスが大きく開かれました。うれしいです」との返事だった。
 
 新モンゴル高専のツェンドスレン校長は、チャンスが広がることを歓迎する一方、「コロナの影響で、この2年間、日本での就職が決まったり、大学に入学が決まった学生たちが渡日できなくて、先行きも不透明で困っています」と言う。
 
 新モンゴル学園は、2000年10月に開校した新モンゴル高校に始まる。モンゴル初の3年制の高校だ。その後、中学校と小学校を併設し、モンゴルでは一般的な小中高一貫教育の学校となった。2014年には新モンゴル工科大学と日本式の新モンゴル高専を開校させ、このころ新モンゴル学園を名乗り始めた。2016年には日本の幼稚園と保育園を合わせた子ども園もつくった。
 
 2018年9月、元横綱の日馬富士さんが創設した新モンゴル日馬富士学校が開校した。開校の実務は、新モンゴル学園のガルバドラッハ理事長が担い、自ら校長を務めている。新モンゴル学園と日馬富士学園は別の学校だが、姉妹校の関係にある。
 
 新モンゴル小中高の卒業生は昨年3月現在、2150人。このうち491人が日本に留学しており、同校はモンゴルにおける日本留学の登竜門になっている。
 
 最近は、高専経由で日本に留学したり就職する人も出てきた。モンゴルには高専が3校あり、創設の際、日本の高専関係者が協力した経緯がある。日本では技術者不足が深刻化する中、日本の高専機構は、日本への就職を目指すアジアの若者たちを支援する活動を行っている。またJICAはモンゴルで、日本の高専や大学を目指す若者に、日本語で物理、化学の授業を行うプロジェクトも展開中だ。
 
 しかし、コロナ禍で日本は門戸を閉ざす事態になっている。2月12日の河北新報によると、全米屈指の規模を誇るカリフォルニア大は、日本への留学生派遣を中止したという。日本以外の先進7カ国(G7)や韓国は留学生を受け入れており、日本留学を希望する学生は留学先の変更を検討中という。私は、コロナ対策を否定するつもりはない。しかし、厳しくやりすぎれば、日本の評価を落とすことになるのではないかと心配だ。
 
 今回の茨城県とモンゴルとの覚書を伝えるヤフーニュースでは、書き込み欄に「モンゴルは牧畜の慣習で8時間勤務が嫌いなのでは」といった否定的な意見が目立った。確かにモンゴルは遊牧文化の国だ。しかし、変化が激しい。ウランバートルは人口150万の大都会であり、モンゴル人自身が「ウランバートルはモンゴルではありません」と言っているぐらいだ。
 
 日本ではモンゴル人の力士が大活躍している。だが、相撲取りだけがモンゴルではない。日本への留学、就職を目指して、一生懸命に努力している若者は多い。今回の日モ交流について意見を言うならば、そうした現代モンゴルの実情を勉強してからにしてもらいたい。

 

▽森修 もり・しゅう

1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

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