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【写真説明】山奥のぽつんと一軒家のようなゲル。清浄、静寂

 

 

 冬のテレルジはいい。昼の気温はマイナス18度ぐらいか。顔が痛くなるほど寒い。しかし、空気は澄んで、すがすがしい。日差しる。空が青い。観光客はほとんどいない。汚れのない静寂さがある。

 UB2ホテル、テレルジホテルを過ぎ、奥の方に車を進めると、広葉樹林の中、ぽつんと一軒家のようなゲルがあった。煙突から煙が出ている。

 これは絵になる。そう思った私は、車を降り、写真を撮った。すると、ゲルの中から男性が出てきて、何か叫んでいる。「こら、何してる。写真撮るなら、金払え」とでも言っているのかと思い、一瞬、緊張した。

 しかし、違っていた。ガイドのツェルムーンによると「中に入れって言ってますよ」という。あら、まあ。では、お言葉に甘えてみますか。

 ゲルの中に入ると、ヤギの解体中だった。といっても、内臓や毛皮は既に冬の前に取り除かれ、自然冷凍した枝肉を小屋から出してきて、切り分けているところだった。生臭い感じはない。

 「ちょうど一服したいと思っていた。温まっていってください」。そう主は言うと、お茶(ミルクなし)とボールツォグ(揚げ菓子)を出してくれた。しばし歓談。

 主の男性は、ゴビアルタイ出身の元軍人だった。「ウランバートルは住みたくないね」と言う。それで、テレルジの奥にゲルを建て、家畜を世話しながら暮らしているということだった。

 30分ほど話した。時計を見ると、間もなく12時これ以上いたら、仕事の邪魔になる帰ることにした。ゲル出るとき、主は「サヨウナラ」と言った(ように聞こえた)。

 車に向かって歩きながらサヨウナラだって。あの人、日本語わかるんだね」とつぶやいたら、ツェルムーンは「違いますよ。サインヤワーライです。道中、気をつけてという意味です」と言う。ははは。なんだサインヤワーライか。一つモンゴル語を覚えた。

 後日、日本に帰るため空港に行ったら、モンゴル国立大のバトフー教授に会った。教授は東北大で博士号を取得した薬草の研究者。旧知なので、出発前、待合室で世間話。私は奥テレルジの出来事話した

 教授は「それは、いい体験でしたね。ところで、そのヤギ肉食べました」と言う。「いえ、長居しては悪いと思ったので…。お昼ご飯はUB2ホテルで食べました」と私。

 「それは、もったいないことをした。お昼の時間だったんでしょ。そのまま粘っていれば、ヤギ肉のスープぐらいは、出してくれたと思いますよ」と教授。

 なるほど。私は遠慮しすぎか。いや、お昼どきに居座り続けるなんて、思ってもみなかった。

バトフー教授はオブス県の出身。日ごろ「ウランバートルはモンゴルではありません」と言っている。モンゴルを知るには、田舎に行かないと駄目だという意味だ。それは、わかる。でも、なあ。「お茶をもう一杯」ぐらいは言えても、「スープを食べたい」なんて、言えないなあ。


▽森修 もり・しゅう 


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

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