皆様、こんにちは、ひでです。
突然ですが、皆様は「キエフ・ルーシ継承権」という言葉をご存じでしょうか?
そしてこれがモンゴルと深いかかわりがあることをご存じでしょうか?
現在のロシア・ウクライナ問題の根源がここにあると思うので、急遽ここに記載したいと思います。

10世紀ごろ、キエフ大公国という国があり、ルーシー地域、今で言うウクライナ・ベラルーシ・ロシアのあたりを支配していました。当時ヨーロッパ指折りの大国で、東方正教会の有力な国家でした。キエフルーシともいいます。

その名の通り首都はキエフ(現ウクライナ首都)にあったのですが、13世紀になるとモンゴル軍に国ごと征服されてしまいます。そしてこのあたりは『ジョチ・ウルス(キプチャクハン国)』という国になりました。ルーシ諸侯はすべてこの支配下に置かれました。

これが有名な『モンゴル・タタールのくびき』であります。
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13世紀、モンゴル人徴税官バスカクがロシアの市場をお
とずれた光景を描いた絵画。

その後、モンゴル軍支配下のなかにあって、イヴァン・カリター(イヴァン1世)はモンゴル軍にうまく取り入り、ウラジミール大公になります。このウラジミール大公という位はキエフ大公の権力を受け継いだものです。
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イヴァン・カリター(イヴァン1世)


このイヴァン1世の本拠地はモスクワであることから、ウラジミール大公はモスクワ大公と呼ばれるようになります。

つまり、かつてのキエフ大公国はキエフ→ウラジミール→モスクワとその中心を北へ移していったことになります。ここで中心というのは東方正教会(東ローマ帝国)の主教がいる場所を意味します。即ち、キエフ主教の居場所がモスクワになったということなのです。

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キエフのシンボル、聖ムィハイール黄金ドーム修道院

その後、モスクワ大公国は次第に拡張し、ロシア帝国になります。ロシアというのはギリシャ語で「ルーシの国」という意味なので、名実ともにルーシの支配者となりました。

従って、ロシアにしてみれば、キエフはロシアの故郷そのもの、日本で言えば大和朝廷なのです。

一方、本来のルーシの支配者であったキエフ、つまり現ウクライナは、モンゴルによる支配を脱した後もポーランドやリトアニア、さらに同胞であったはずのロシアの支配下に置かれます。

ウクライナにとっては、ルーシの支配者の称号=キエフ大公国=キエフルーシが同じ兄弟分とはいえ、ロシア帝国側に奪われたことが民族の屈辱となってしまったのです。本来はウクライナこそルーシではないかと・・・

これが「キエフ・ルーシ継承権」というものなのです。

因みにキエフの愛称は「ルーシの町々の母」「第二のエルサレム」です・・・現在に至る(本来同族であるはずの)ロシアとウクライナの微妙な軋轢を象徴しているようで意味深ですね・・・

寄稿者:ひで

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