●「殺そうとして殺したんじゃない」
さて、こうして「出した」後ですが、ここからは作業を男女で分担します。
男性は肉から皮をきれいにはぎ、解体していきます。慣れた人ならものの10数分で作業を終わらせてしまいます。しかも血で大地を汚すこともありません。私はこの解体シーンを何回も見ましたが、「残酷」と思ったことは一度もなく、むしろ美しささえ感じたこともあります。これがナイフを突き刺す「血のショー」だったら、とてもそうは思えないでしょう。
一方、取り出した内臓は女性の手に渡り、腸の洗浄・腸詰め作業が行われます。血も捨てず、小麦粉などと混ぜて腸詰めにして食べます。
冬は基本的に家畜を「出す」ことはあまりしないので、冬に食べる分を秋のうちに準備することになります。そして家畜を「出した」日には儀式が行われ、ここでも祝詞をあげるのですが、スーテー茶を捨てる時と同じく「祝詞」という神聖さよりもむしろ「責任逃れ」と言った方がふさわしい内容となっていて笑えます。
牛を「出した」時:「寝っ転がっていたら(反芻した草が)喉につまって死んだんだよー」
馬を「出した」時:「馬にロープが巻きついて死んだんだよー」
ちなみに、解体する頭数が多いせいか、羊については言い訳する祝詞すらないようです。
解体後は肉の保存作業をします。主に2種類あり、ひとつは細切りにして塩をまぶしてゲルの天井に吊り、煙でいぶす方法、もうひとつは家畜の胃に詰めて砕いた氷の中に入れて冷凍保存する方法です。食べる時は鍋に入れてゆでます。
肉の調理はほとんどが「ゆでる」ですが、「焼く」という方法もあります。ただこれは保存食ではなく、しかもラマ僧やお偉いさんなどを招待する時の特別な調理法で、一般の人はほとんど食べません。
羊の丸焼きのことを「ジョマー」と言います。羊の内臓と血を取り出した後、毛だけ刈って皮ははがず、空っぽのお腹の中にネギや塩を詰めて縫い合わせ、かまど、または熱く焼いた砂の中に入れて焼くというものです。おいしそうですね。
【寄稿者プロフィール】
田中英和
中国語・モンゴル語講師、モリンホールの演奏・講師など。
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