モンゴル情報クローズアップ!

モンゴルの文化、ビジネス、投資、観光、最新話題など幅広い情報をお届けします。(通称:モンゴルなう)

カテゴリ: ウランバートルの情報

9月10日モンゴル到着です。
モンゴルすごいです。
言葉で伝え切れません。
なぜなら、私はこんなに経済発展を現在進行形でしている国に来たことがないからです。
体験したことがないからです。

空港到着後、4名の出迎えを受けました。
あるインフラプロジェクトに参画して、合弁で事業をしないかと。
そのうち一人は、日本の三大財閥の一つのグループ会社の現地Executive Directorでした。
ほかにも名刺には、4つの会社の名前が入っていました。

Springs Hotel到着後、休む間もなくレストランでディナーミーティング。
モンゴルで○社独占の事業に参画、○○○メンバーになったため、
今後の戦略を聞きました。
新たにスイスの○○クラブもメンバーに加わったために、
彼らのマネジメント能力と、社長の情報収集能力で来春の○○○を視野にスケジュールをたてています。
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そのほかにも、ある世界のトップメーカーのモンゴル独占販売権の獲得を目指すことなど。
次から次へと案件が飛び出してきます。
しかし、体も時間も足りません。
日本ではまずお目にかかれないビッグチャンスが、目の前をどんどんと通り過ぎていく感じです。

私が泊まっているホテルもアジア人は、ほとんど宿泊していないようです。
すれ違うのは白人ばかり。
本当に白人ばかり。
旅行者もいますが、大抵はスーツやシャツを着たビジネスマン風。
 
モンゴルの市場はとても小さく札幌道央圏の人口、いかに早く市場を抑えるか、半年が勝負。
開国をした明治維新のときも先回りしたものがその後多大な権益を得てきたように、
国の夜明けとはそのようなものかもしれない、まさに歴史の転換点にいるのを感じます。
 
モンゴル到着後、あまりにも東京と夜の気温差があり寒く感じます。
ウランバートルにはまだ、暖房はきていません。
9月15日からだそうです。
ホテルの部屋も寒いです。
ブランケットを重ねて昨夜は寝ました。

でも、、、モンゴルは、、、とても熱いです。

ブログはこちらから→http://blogs.yahoo.co.jp/johnny_newyorker

大東亜戦争における昭和天皇の玉音放送がなされた昭和20年(1945年)8月15日から数えて、本日平成23年(2011年)8月15日は実に66年目にあたります。

8月15日の今日という日は、先の戦争を日本人がそれぞれに想い、考え、平和を祈念する日ですが、日本とモンゴルの絆の深めるためにも、ふたつの大切なことを一人でも多くの人に知ってほしいと思います。


◆◇◆日本とモンゴルの戦争「ノモンハン事件」◆◇◆
1939年、満洲国とモンゴル人民共和国の国境間で、紛争が勃発しました。満洲国には日本軍が、モンゴル人民共和国にはソ連軍がつき、激しく長期にわたる戦闘で、両軍ともに8,000名近い多大な犠牲を出しました。
ノモンハン事件の歴史は、モンゴルでは「ハルハ川戦争」の名前で誰もが知りますが、日本では中高の歴史の授業で語られることもなく、知る人は多くありません。これは、日本の歴史教育の課題です。
また、近代画家の藤田嗣治はノモンハン事件の慰霊のため『哈爾哈河畔之戦闘』(現 東京国立近代美術館蔵)を描きましたが、戦後は戦争賛美に加担した画家として、日本画壇から追放されるという悲劇もありました。
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モンゴル国の首都ウランバートルを一望する「ザイサンの丘」の頂上には、ソ連とモンゴルが協力し合い日本軍を撃退したことを記念する、巨大オブジェがあります。ちなみに「ザイサンの丘」はウランバートルの美しい夜景を観ることもできますので、是非モンゴル人の添乗員さんや同伴者と見学されることをおすすめします。

日本とモンゴル国と現在、幸いにも単純な反日プロパガンダとしてノモンハン事件を扱う時代は卒業しました。田中克彦先生をはじめ、日本、モンゴル国、ロシア、中国(内モンゴルを含む)の歴史研究者による共同研究やシンポジウムも行なわれています。


◆◇◆二つのモンゴルと日本の関係◆◇◆
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清朝の時代の「外モンゴル」は、ソ連の協力によってモンゴル人民共和国として独立し、その後現在のモンゴル国になりました。「内モンゴル」も日本の協力で独立を目指しましたが、戦後は中国の民族自治区に編入されました。モンゴル国と内モンゴル、二つのモンゴルの歴史にも、先の大戦と日本は深く関係しています。
※写真は、仙台市の善應寺にある、元軍の犠牲者を慰霊したと伝わる燕沢碑を訪れ、当時の霊を慰めるために訪れたデムチュクドンロブの書と、当時を再現した絵です。善應寺蔵。


◆◇◆ソ連に抑留された日本人のモンゴルでの努力◆◇◆
戦後、ソ連は約60万人の日本人抑留者のうち、1万4,000人をモンゴルで強制労働に従事させ、1686名の日本人が亡くなりました。日本人抑留者は、建築物や道路や鉄道などのインフラ建設を行ないました。
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モンゴルの首都ウランバートルの中心であるスフバートル広場の周囲は、写真の国会議事堂(2006年3月撮影。チンギス・ハーン宮殿着工間もない頃です。)をはじめ、オペラ劇場や国立大学など、日本人抑留者が建設に携わった公共建築物を見ることができます。それらの建築物はすべて現役の堅牢な造りで、強制労働の中でも日本人たちが一つの手も抜かなかったことを、現代に伝えてくれます。
モンゴル国に限らず、かつてソビエト連邦だったカザフスタンやウズベキスタンなどの中央アジア諸国も、同じように日本人抑留者が建設に従事した建築物や街路が、今なお現役で輝くような美しい姿を見せてくれます。


◆◇◆日本人を慰霊するモンゴルの真心◆◇◆
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日本人墓地はウランバートルのダンバダルジャーをはじめ各地にありましたが、その後日本はモンゴルの協力のもとでご遺骨を回収し、慰霊碑を建設しました。写真はモンゴルの北部セレンゲ県にある、元日本人墓地の観音菩薩像です。日本人抑留者を慰霊する観音菩薩は、白いハタグ(聖布)と乳製品で清められ、地元のモンゴル人の皆様に大切にされてきました。


大東亜戦争で、日本はモンゴルとノモンハンで戦いました。戦後はソ連による抑留により、多くの日本人がモンゴルで命を落としました。そしてモンゴルは今なお、二つに分かれています。それでもモンゴルは、日本の友としての絆を大切にしています。8月15日という今日だからこそ、あらためてこのことを深く想い、感謝し、一人でも多くの人に知ってほしいと祈り、ここに記事を掲載させていただきます。

2011年8月15日
みずばしょう



モンゴルの夏は、アイラグの夏です!!

アイラグとは馬乳酒のことで、内モンゴルではチゲー、ツェゲーと呼びます。モンゴルの夏の「白いごちそう」(乳製品)の代表格です。馬乳酒といってもアルコール度数は非常に弱く、1%〜3%程度です。

ところがこのアイラグ、モンゴル観光業界では悲しいかな、下痢を起こすキワモノ的な飲み物として、敬遠される場合が多々あります。これではいけない!ということで、正しいアイラグの選びの極意をお伝えします。

極意その1 都会や町でアイラグを買わないこと!
ウランバートル市内などの都会や町では、アイラグを売っている露天や店舗が見られます。しかし、町で販売されているアイラグは発酵がすすみすぎているために不味く、下痢もしやすいという落とし穴があります。
アイラグは発酵を止めていませんので、どんどん発酵し、炭酸ガスが出ているのが目で見ても分かります。ちなみに、ミネラルウォーターのペットボトルにアイラグを入れたまま常温放置しておくと、爆発します。


極意その2 モンゴル人に教えてもらう!
美味しいアイラグを売っている場所を、添乗員さんやお友達のモンゴル人に教えてもらうのがベストです。アイラグは味見をしてから買うことができますから、彼らが「これはいいアイラグだよ!」とすすめてくれるアイラグを買うのがベストです。


極意その3 美味しいアイラグはここにある!
私が美味しいアイラグにありつけた場所は、2箇所あります。
一箇所目は、アイラグをウランバートルで売るために近郊にやってきた遊牧民の皆さんです。

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何家族かでウマの群れを連れてやってきていますので、ペットボトルなどの容器をもって、いざ出陣!

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ウマのミルクを搾乳しています。仔馬さんちょっと待っててね。
搾乳したミルクに乳酸菌を加え、数千回丁寧に攪拌することで、アイラグはできます。
アイラグは朝ができたての場合もありますが、昼や夕方にあわせて作っている家庭もいます。
遊牧民の皆さんとの交流も楽しめて、とっても素敵な思い出になりますよ。

もう一箇所は、ナーダムの会場の屋台です。
ナーダムの会場最大の名物はホーショールという、小麦粉の皮で羊肉を薄く平たく包んで揚げた料理ですが、何店かはアイラグを扱っています。味の良いアイラグを、モンゴル人の協力者に探してもらいましょう。

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夫婦仲むつまじく、まさにできたてのアイラグを販売していました!ここに決定!


極意その4 アイラグの味わい方
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良いアイラグはかすかに透明感のある美しい純白で、いやな匂いはまったくありません。爽やかな酸味とえもいわれぬ甘みが口いっぱいに広がり、ウマのミルクの優しい香りがします。(発酵がすすむと、炭酸ガスの微発泡がすすみ、強烈な酸味や臭気を有するようになります。)

美味しいアイラグを飲むと、「ああ、夏のモンゴルに来た!」という幸せな気持ちでいっぱいになります。しかし、はじめての方は、お椀一杯すべて飲み干さないことを、おすすめします。

アイラグは乳糖発酵の飲み物のため、乳糖が腸内で活発に分解します。その時に生じる炭酸ガスによって健康な腸内洗浄がおこり、腸内の老廃物をガスと一緒に体外に排出してくれます。つまりアイラグは、モンゴルが世界に誇るデトックス飲料なのです。
しかし健康に良いとは言え、次の日にトイレから出られなくなるほど腸に大活躍してもらうのは困り者ですし、何より、日本人が普段飲み慣れないウマの乳が原料なため、女性は一口か二口、男性は三口か四口を目安に楽しまれることをおすすめします。


極意その4 シミン・アリヒに出会えたら最高!
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シミン・アリヒは、一言でいえばアイラグを蒸留して作る、度数20度程度のお酒です。ウマの乳の他に、サルラグ(ヤク)の乳で作るときもあります。地方によって異なりますが、写真のような蒸留・冷却器がある遊牧民の家庭で作っています。
シミン・アリヒは透明で、華やぐような香りと端麗な甘みが特徴です。日本酒や焼酎が好きな方にはたまらない逸品。こちらも時間が経過すると味が変化するので、ぜひ出来立てをいただいちゃいましょう。

モンゴルの夏の美味しいアイラグの味を知ったら、モンゴルを100倍好きになりますよ!!

2011年7月30日
みずばしょう

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