モンゴル情報クローズアップ!

モンゴルの文化、ビジネス、投資、観光、最新話題など幅広い情報をお届けします。(通称:モンゴルなう)

カテゴリ: ウランバートルの情報

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モンゴルで暮らすならもちろん、旅行者にも必要な携帯電話。遊牧生活が基本のモンゴルでは、固定電話の普及よりも先に携帯電話が一般的になったと言っても過言ではない。
日本と違って端末はSIMフリー。各キャリアでSIMカードのみ購入し、中古の端末に挿して使っている人が多い。モンゴルの大手キャリアはMobicom、unitel、SKYTEL、Gmobileの4社。8桁ある電話番号のうち、頭2桁でどのキャリアの番号かが分かるよう振り分けられている。99、95、94、85で始まるのがMobicom、88、81などはunitel、96、91はSKYTEL、98、93はGmobile、といった具合だ。端末はiPhoneとSamsungの機種が圧倒的に多く、LGやHUAWEIもあるが、Xperiaなど日本の機種は滅多に見かけない。Nokiaのいわゆるガラケーを使っている人もいて、これは中古なら2万トゥグルグあれば充分買えるのでサブ機にオススメ。

モンゴルで携帯電話番号を手に入れる時は、ウランバートルのテンギス映画館の近くにあるテディセンターや各キャリアの支店にあるタッチパネルのモニターを使い、自分の好きな番号を選んで購入する。日本のようにキャリアから振り分けてはもらえず、プリペイド式と後払いの番号がある。値段は数千トゥグルグからだが、面白いのは、数字の並びがゾロ目だったり規則的になっているものは「ゴイ ドガール(гоё дугаар、カッコイイ番号)」と呼ばれ、数万トゥグルグからと少しずつ高額になる。筆者のモンゴル人の友人は”Монголчууд утасны дугаараар гангардаг байхгүй юу.”(モンゴル人は電話番号でオシャレするんだぜ)とドヤ顔で語っていた。

電話番号を購入できるのはキャリアからだけではなく、個人間でもFacebookグループや中古品売買サイトなどで売買されることがある。後払いの場合は名義変更が必要になったりするが、SIMさえ受け取れば自分の端末に挿してすぐに使える。

特に8811で始まる番号がかなり高額なようで、なかには「2700万トゥグルグ(約107万円)、ローンで売ります」なんて投稿も。電話番号を購入するのにローンを組むなんてちょっと信じられないが、モンゴル人のプライドや美意識に通じているようだ。

筆者は、帰国の際にそれまで使っていた電話番号を売却した。相手が知り合いだったので確か1.5万トゥグルグ程度で譲ったが、周りには「もっと高く売れたと思うよ」と言われたので、それなりに「ゴイ(カッコイイ)」番号だったらしい。

ちなみにモンゴルの人々は日本人ほど警戒心がなく、初対面の人でも普通に電話番号を教えてくれたりする。

もしモンゴル以外にも似たような習慣のある場所をご存知の方がいれば、ぜひ教えていただきたいと思う。

寄稿:kels

モンゴル国立教育大学ジャーナリズム学科卒。関西の高校卒業後、海外留学に憧れてモンゴルに渡る。アジアにもヨーロッパにも見える不思議なウランバートルの街並みとモンゴル人の人柄が気に入り、約半年の語学留学を経て教育大に入学。クラスに日本人はおろか、留学生も一人。4年間の楽しいキャンパスライフを送る。在学中に国営モンツァメ通信社の日本語版週刊紙「モンゴル通信」で1年半インターン。大学卒業と同時に帰国、現在は首都圏の新聞社勤務。UB帰りの帰国子女と婚約中。kelsはフィリピン人に付けてもらったイングリッシュネームから。


毎度、編集長のタケシです。
日本では中国に比べてキャッシュレス化が遅れてて、今はキャッシュレス決済の戦国時代状態です。



みんなに注目されないモンゴル、2年前からキャッシュレスが導入されよく見かけるようになっています。買い物はもちろん、タクシー代の支払い、個人間の送金にも使えます。



日本だと〇〇PAYが乱立している状態ですが、モンゴルはQpayが一人勝ちになっています。

実はこのQpayを運営しているモンゴルのInnovation Investment LLCに東証マザーズに上場している、株式会社レントラックスが出資しています。

当社のQRコード決済事業(2019年10⽉末時点):
 ‐ 接続⾦融機関:12⾏(全13⾏中)
 ‐ アクティブユーザ数:約43万⼈(⼈⼝の13%)
 ‐ システム連携企業:300社
 ‐ QRコード配布先:10万店舗

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毎度、編集長のタケシです。

ちょっと興味深い調査報告を読みました。

THE 2019 DRIVING  CITIES INDEX

ドライバーにとって最高の都市と最悪の都市リストにモンゴルが堂々と一位を獲得しました。
おめでとうと言いたいが下から1番です。(笑)

あおり運転 モンゴル

世界で最も攻撃的なドライバーが多い都市TOP3
1.モンゴル、ウランバートル99.12
2.ロシア、モスクワ98.46
3.パキスタンカラチ98.13

最も危険な道路は、聞き取り調査による「煽り運転などドライバーのキレ具合」の目撃や経験と「住民10万人あたりの死亡率」によって出されたそうです。

ウランバートルの渋滞は想像できないくらいやばいです。
この報告による、毎日の平均混雑スコアでもモンゴルは世界で2位です。



私自身の体験としては、フィリピンのセブ島に3ヵ月滞在しててあれだけ渋滞しててもいらいらして煽り運転したり、怒ったりする人は一度もみたことがなかったです。
モンゴルの渋滞もそうですが、煽り運転する人は確かに多い。

妨げる物を知らないない大草原で生まれ育ったモンゴル人にとっては鉄の小箱は心理的に圧迫感を与え、人々をいらいらするのが原因でしょうかね?!

遊歩道
【写真】ダンバダルジャー寺院北側の山に今年夏に完成した遊歩道=2019年10月6日

 ウランバートルは発展中だ。街の風景の変化が激しい。今回の訪モで驚いたのは、日本大使館そばにあるゲンデン元首相の旧宅が取り壊し中だったのと、ダンバダルジャー寺院の裏手の山に階段状の遊歩道が出来ていたことだ。
 階段状の遊歩道を見たのは、日本人慰霊碑に行くときだった。車で寺のそばを走ったら、見えた。派手だなあと思った。お寺の静穏な雰囲気を壊しているのではないかとも感じた。たとえて言えば、奈良・東大寺や京都・清水寺の隣に遊園地が出来たような、そんな感じにも思えた。
 この山の名前は何ていうのだろう。遊歩道は、慰霊碑の方からも見えたので、慰霊碑管理人の奥さんに聞いてみた。しかし、奥さんは答えてくれなかった。
 このとき、通訳は、仙台在住のエルデネダライさんにお願いした。彼は、中古車の輸出などで仙台とウランバートルを何度も往復している。
 その彼によると、モンゴルでは、聖なる山の名前を、その場で言うことをはばかる習慣があるそうだ。直接、名前を呼ばずに「あの山」とか「ながめのいい山」とか婉曲に表現するのがマナーなんだという。なるほど、それで管理人の奥さんは答えなかったのか。
 慰霊碑を訪問した後、ダンバダルジャーの寺に寄った。ちょうど坊さんが通りかかったので、山の名前を尋ねてみた。人の好さそうな坊さんだった。「遠い日本からおいでになったのだから、教えてさしあげましょう」と言いながら「ゾンホブ山(オール)」と言った。エルデネダライさんは、私が日本人であることを説明しながら通訳したようで、特別に教えてくれたようだ。ん? ということは、普通は、ただでは教えないということなのか―。
 坊さんは、遊歩道は今年の夏にできたこと、山の上にはオボー(石塚)があって、市民に親しまれていること、山頂からのながめがいいことなどを説明してくれた。
 後日、私は再び日本人慰霊碑を訪ねた。このときは運良く管理人に会うことができた。早速、山の名前を聞いた。管理人は「タヒラグト山(ハイルハン)」と言った。
 モンゴル語で、山は「オール」だが、特別な山は「ハイルハン」と言うそうだ。寺の坊さんは「オール」と言ったが、管理人は「ハイルハン」と区別している。しかし、「ゾンホブ」と「タヒラグト」はどう違うのか。山といっても、丘の連続のようなものなので、細かいことを言えば、ピークがいろいろあるということなのか。
 このとき通訳を頼んだ元留学生のTは、「聖なる山だから、ゾンホブという正式な呼び名は、口にしないということではないですか」と言う。
 難しいなあ、でも面白いと思っていたところ、フェイスブックに、山の遊歩道の周りに人々が植樹している映像が出た。元留学生のGに聞いたら、UBSという放送局の「CityNews」という報道番組だった。
 Gは「市民に親しまれている山に、住民が木を植えるなんて、すばらしいじゃないですか」と言う。
 なるほどな。私は当初、聖なる山の静穏な雰囲気を壊す派手な遊歩道―だなんて言ったけれど、それは、よそ者の余計なおせっかいだったか。


▽森修 もり・しゅう
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。
 
チンギス・ハンとモンゴル帝国の歩み (フェニックスシリーズ)
ジャック・ウェザーフォード
パンローリング 株式会社
2019-10-12

現在の建物
【写真 朿安Δ世運靴靴なった建物。内部は元のまま荒れているように見える。アムラルト病院の跡とみられる=2019年10月2日撮影
2012年10月
【写真◆杠にも崩れそうな無残な姿をさらす建物=2012年10月7日撮影

 ウランバートルのダンバダルジャー寺院の敷地内に病院の廃墟がある。アムラルト病院だ。昔は、全くの郊外に位置していたせいか、結核患者の療養が多かったようだが、モンゴル抑留の日本人も多く収容された。手当てのかいなく亡くなった日本人は、寺院奥の丘の中腹に埋められた。遺骨は、後に掘り返されて祖国に戻り、跡地に日本人慰霊碑が出来た。
 日本にも深い縁のある病院跡は、長らく、今にも崩れそうな無残な姿をさらしていた。それが、外側だけ新しくなった。私は、昨年9月に訪れたときは、新しく建て替えられたものとばかり思っていた。雨が降っており、車の中から見ただけだったので、中が廃墟のままなのに気付かなかった。
 今年、寺院を訪れたとき、通りがかった坊さんに、病院のことを尋ねたら「病院? 昔あったけど、今はありませんよ」と言われてしまった。
 目の前にある建物は、一見すると新しい。しかし、内部を見ると廃墟だ。なぜなんだろう。診療をやめたのなら、建物は取り壊して、更地にすればいいのにと思ってしまう。もし、建物を記念物とするのなら、ありのままを残して、周りを柵で囲うとかすればいいのにと思う。外側だけ新しくする理由がわからない。
 病院だから、ここで亡くなった人は多いだろう。建物を取り壊さないのは、死者が生まれ変わるのに時間がかかると配慮したのか。それとも、何か「たたり」でもあると恐れて「厚化粧」させているのだろうか。
 私は勘違いしているかもしれない。アムラルト病院について、どなたか解説していただけませんか。




▽森修 もり・しゅう
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

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