モンゴル情報クローズアップ!

モンゴルの文化、ビジネス、投資、観光、最新話題など幅広い情報をお届けします。(通称:モンゴルなう)

カテゴリ: ウランバートルの情報

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△世界ウルルン滞在記に出演したということで山口さんが出演。タケシに出演オファーきて欲しかった。FullSizeRender
△現在外国人力士32人中モンゴル人が22人もいるそうだ。約7割という計算。FullSizeRender
△みんなが知っているモンゴル人力士と言えば朝青龍、日馬富士、白鵬、鶴竜。IMG_1737
△モンゴルでは日本にはいない、レジ袋Gメンが存在する。IMG_1736
△モンゴルでは0.035ミリ以下のレジ袋を禁止している。FullSizeRender
△ウランバートルのPM2.5が世界の安全基準の133倍。もう人殺しというしかない。FullSizeRender
△モンゴルでは年間で、死因の1割が大気汚染だって。FullSizeRender
△人口比率で計算すると、日本への留学生ではモンゴルが世界最多になる。




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【写真】中古車貿易の仕事に携わりながらモンゴルの環境問題に取り組むエルデネダライさん=仙台市青葉区五橋の事務所

 
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【写真】ウランバートルの回収業者を訪ね、廃車の状況を調べるエルデネダライさん

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【写真】遊牧民のゲルを訪ね、廃車から取り出したバッテリーを照明に転用している事例を調べるエルデネダライさん。こうした転用が一番心配だという

 

モンゴルで日本車が人気だという。日本から中古の車やタイヤも大量に輸出されている。しかし、リサイクルのシステムがないことから、使用済みバッテリーなどの環境汚染が懸念されている。仙台市で中古車をモンゴルに輸出する事業を手掛けるモンゴル人、エルデダライさんは、「車のリサイクルのための法整備とシステムが必要」と訴えている。

 エルデネダライさんは、ドンドゴビ県エルデネダライ村生まれ祖父が遊牧民で、子どものころの思い出は、いっぱいあるという。彼は、国立科学技術大の外国語専攻課程で学んでいたとき、仙台東北外語観光専門学校に留学し1年半、日本語と観光学を学んだ科技大を卒業後、東北大経済学部の研究生として2年間在籍してから東北大大学院国際文化研究科入学し修士号を取得した。さらに今年3月まで3年間、博士課程に在籍し満期退学した。彼の妻も東北大で修士号を取得しており、男子2人がいて、家族4人暮らし。仙台での生活は通算16年になる。東北・モンゴル友好協会の事務局長を務めている。

 エルデネダライさんは、東北大で学んでいたとき、旅行代理店でアルバイトしていたことから、東北大の研究者がモンゴルで行う調査を手伝ったりしてきた。特に大学院国際文化研究科の劉庭秀教授の調査には大きくかかわってきた。劉教授は、「資源循環型社会環境システム」などを研究テーマにしており、「アジア自動車環境フォーラム」を提唱し、2008年から韓国、仙台などで開催してきた。今年はインドで開かれる。

 エネデネダライさんは、博士課程に在籍したとき、劉教授の下で「中古車流通による越境環境問題と国際資源処理の問題」をテーマに研究生活を送った。劉教授らの調査や自動車メーカーの研修に同行したモンゴル訪問は20回近くに上る。

 これらの調査中には、国際協力機構(JICA)が関係したものもあり、報告書にはエネデネダライさんの名前も出てくる

JICA今年4月のレポート「モンゴルで広がり始めた協力の輪 ハイブリッド自動車のバッテリーリサイクルに向けて」によると、モンゴルではハイブリッド車が急増しており、トヨタのプリウスが一番人気であり、人口100人当たりのプリウス保有台数は世界一なのだという

ただし、モンゴル日本センターの滝口良さんがフェイスブックにレポートしたところでは、モンゴルでは最近、右ハンドル車を禁止する動きが出ている人気のある日本車を狙い撃ちしたものようだ

 エルデネダライさんによると、モンゴルの中古車の8割以上は日本車だという。しかも、10年以上の古い車が多い。

しかし、使用済み自動車の適正処理と再資源化のための法整備ができていないことから、廃車の投棄による環境問題が起きている。特にバッテリーは、鉛や硫酸による汚染が懸念される。また、ニッケル、コバルトなどの有価金属が、ただ捨てられ「もったいない」状況も指摘されている。

遊牧民の間には最近、太陽光パネルが普及している。ゲルの中で衛星放送のテレビを見るのは普通の光景だ。しかし、バッテリーは廃車から転用するものが多いという。性能が落ちたバッテリーが遊牧民の世界にたまり始めている。「遊牧民は移動する重いバッテリーは敬遠される。環境汚染につながります。これが一番心配です」とエルデネダライさんは言う。

 日本は2005年に自動車リサイクル法が施行された。韓国では2009年、生産者に責任を求める自動車リサイクル制度が導入されたという。モンゴルには、こうした法律や制度がない。リサイクルの技術もなく、車を解体する専門業者がないことから、バッテリー問題だけでなく、フロンガスの漏洩なども懸念される。

 4月のJICAレポートによると、モンゴル政府は、使用済み自動車の適正処理と再資源化に関する法律整備に乗り出しており、JICAに協力要請があった。

 JICAは昨年1月、モンゴルの「廃自動車等金属スクラップの処理と再資源化効率向上のための収集・運搬・加工に関する基礎調査」をまとめている。この報告書は、青森県弘前市のスクラップ業者「青南商事」が参加し、専門家の立場からモンゴルが抱える技術上の問題点を指摘している。

 モンゴルの中古車をめぐる環境問題に、日本は無関係ではなく、改善への協力が求められている。

▽森修 もり・しゅう


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。




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毎度、編集長のタケシです。

番組の宣伝です。
今日放送予定の経済ドキュメンタリー番組、未来世紀ジパングにモンゴルのゴミ問題や大気汚染問題をとりあげています。

放送時間
5月29日(水)夜10時〜放送 BSテレ東

大草原の国がまさかの...ごみ山&最悪の大気汚染

日経スペシャル 未来世紀ジパング : テレビ東京
https://www.tv-tokyo.co.jp/zipangu/

2019年6月5日追記

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【写真説明】モンゴルの春祭り「ハワリンバヤル」でゲルの中に飾られたマザーライの写真を見る来訪=5月4日、東京・光が丘公園

 

 

 5月4日5日、東京の光が丘公園で開かれたモンゴルの春祭り「ハワリンバヤル」の今年のテーマは、ゴビ砂漠のクマ「マザーライ」。「モンゴルの宝物」「守ろうモンゴルにしかいない動物たち」の掛け声の下、チラシや冊子を作り、展示専用のゲル設けてマザーライの写真を飾貴重な動物の保護を訴えた。

 マザーライは、生息が確認できたのは22頭だけだという。絶滅の危機に瀕している。冊子や展示を見ると、「そんな現状をなんとかしたい」という熱意は伝わってきた。しかし、それだけで終わっている―と私には思えた。中身が薄い。物足りなさが残った。

 例えば、マザーライは、モンゴルのどこに生息しているのか。地図を展示していたが、これを見ただけでは、全くわからない。係の人に聞いたら「ゴビ砂漠の西の方、バヤンホンゴル県の辺り」と言う。冊子には「ゴビアルタイ県の一部にのみ生息」と書いてある。どっちなんだ。両方なのか。

 私が理解しているのは、マザーライは、ゴビアルタイ県とバヤンホンゴル県にまたがる中国との国境付近に生息している。モンゴル政府は、一帯を「大ゴビ特別自然保護区(A地区)」に指定し、遊牧禁止などの保護策を講じているこの特別保護区の地図を示してくれれば、一発でわかるのにと思った。ついでながら、大ゴビ特別自然保護区には、ゴビアルタイ県とホブド県にまたがるB地区もある。

 ゲルの中には、マザーライの写真が飾ってあった。特別自然保護区は、立ち入るだけでも困難な地域なので、マザーライの写真は、とても珍しいと思う。この写真は、どこのどなたが撮影したものなのか。写真は著作権がからむ。個人名を出さなくても、最低限どこから提供してもらったのか説明する必要があるのではないか

冊子には「#SAVETHEMAZAALAI」の文字が印刷してある。これは何なのか。マザーライ研究している団体なのか。保護活動団体なのか。この団体から写真を提供しもらったのか。このことを説明してほしい。

 マザーライの写真と一緒に、赤い実を付けた植物の写真もあった。係の人に聞いたら「ゴビベリー」と答えた。ゴビベリーなら、そのように表示すればいいのにと思った。ついでに、どんな植物なのか、なぜこの写真を展示したのか理由を説明してほしい。

 私は、これは「ハルマグ」(学名nitraria sibirica)ではないかと思う。ゴビに多い灌木で、果実マザーライなど野生動物の重要な食べ物になっている。ネットで調べると、ハルマグは、健康食品として注目されているようだ。ハルマグについて説明した方が、来訪者には理解しやすいのにと思った。

 ウランバートルの自然史博物館には、世界に一つだけというマザーライのはく製展示してある。はく製のそばには、灌木「ザグ」と薬草「バチューン」(学名rheum nanum)の模型を展示している。どちらもゴビでは一般的な植物だ。特にバチューンは、根にデンプンが含まれてい、マザーライがよく食べるという。模型の展示は難しそうだが、関連したものを一緒に展示するという自然史博物館手法にならって、バチューンの写真があればと思った

 私は、モンゴルについて、よく日本人と話す。そのとき、「コビ砂漠にクマがいる」と言うと、皆「へぇー」と驚く。同時に、「砂漠って何もないんでしょ。何食べて生きてるんだろう」と言われる。素朴な疑問だ。もっともだと思う。今回の展示は、だれでも抱くそんな疑問に答えているとは言い難い。

 マザーライが生息する地域には、トーロイ(学名populus diversifolia)という珍しい木がある。大ゴビ特別自然保護区を管理する環境観光省の出先事務所はゴビアルタイ県のバヤントーロイにある。この地名の由来となっている樹木だ。何もないような砂漠の中で見られる珍しい木なので、このトーロイだって、マザーライと全く同じ「モンゴルの宝物」と私は考える。

 マザーライを守るには、貴重な動物が生息できる環境そのものを守る必要があるのではないか。そう考えると、ハルマグ、バチューン、トーロイなどマザーライと関係が深い珍しい植物にも目を向けてほしかった

▽森修 もり・しゅう


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。


白鵬伝
朝田 武藏
文藝春秋
2018-01-25


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【写真説明】ホーショールを求めて、次々と訪れる客に対応する留学生たち。看板の裏側では、小麦粉の生地にひき肉を詰めて揚げる作業に奮闘中だ=5月4日、東京・光が丘公園

 

 

 5月4日と5日、東京の光が丘公園で開かれたモンゴルの春祭り「ハワリンバヤル」に行ってきた。在日モンゴル留学生会とモンゴル好きを自称する日本人が実行委員会を組織して行う催しで、今年で19回目。私は初日を見た。2013年に続き2回目だが、とにかく人が多い。さすが東京だと思うと同時に、モンゴル人気相当なものだと、あらためて感じた。

 「モンゴルの後輩たちの奨学金になります」「モンゴルの家庭料理、ホーショールはいかがですか」

 会場の一角で、女子学生が声を張り上げウランバートルの私立校「新モンゴル小中高」の卒業生で日本の大学や高専、日本語学校で学ぶ若者たちが集まった新モンゴル留学生会テントの屋台を出していた。

ホーショールは、モンゴルの揚げ餃子といった料理。家庭料理であると同時に、ウランバートルのレストランでは必ずといっていいほどメニューに載っている定番料理だ

1個250円、2個だと450円。キャベツ、ニンジンのサラダ付きで販売していた。私は2個入りを買った。久しぶりに食べた。うまかった。

新モンゴル留学生会は、在日モンゴル留学生会とは別の組織だが、両方で活動しているもいる

新モンゴル留学生会の店は、モンゴルの後輩たちに支給する「ウラム(励み)奨学金」を稼ぐために開いた支給対象は、経済困難な生徒はもちろん、成績優秀者、数学・物理・化学のオリンピックでメダルを取った生徒、ボランティア活動に取り組んだ生徒ら。半年で20人に5000円ずつ支給する。年2回の支給なので、ハワリンバヤルの2日間で20万円を稼がなければならない。

20万円は、あくまでも益金だ。売上金から材料費や出店料など差し引かれる。1個250円のホーショールで、これだけの益金を稼ぐことはできるのか。ということで、しおりにモンゴル文字で来店者の名前を書いて販売もしていた

参加した留学生は手弁当だ。横浜国大、東京工大、桜美林大、山梨大、群馬大など首都圏はもちろん、宮崎大、高知大、香川高専、名古屋工大、信州大、新潟大、山形大、秋田大など遠隔地から参加した人も多い。旅費はすべて自分持ち。高知から東京までは、バスで12時間かかるという。飛行機や新幹線、ホテルを利用する経済的な余裕はない。宿泊は友人、知人が頼りだ。

ウラム奨学金は、高校生向けだが、これとは別に、中学生向けの「テムーレル(希望)奨学金」を出している留学生もいる。また日本留学を目指して東京の日本語学校で学ぶ後輩にフューチャーファンド」という奨学金を支給したグループもある。

彼ら留学生は日本の奨学金をもらって学んでいる。アルバイトもしている。そんな生活費の中から、後輩たちの奨学金をひねり出している。


▽森修 もり・しゅう


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

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