モンゴル情報クローズアップ!

モンゴルの文化、ビジネス、投資、観光、最新話題など幅広い情報をお届けします。(通称:モンゴルなう)

タグ:観光

Сайн байна уу?

だいぶ前になりますが、欧州ではまだコロナが本格的に広がる前、2020年1月にドイツで旅行展示会(Urlaubsmesse)が開催されており、行ってきました。

リンク:CMT Messe 23. - 31.01.2021 Die Urlaubsmesse

モンゴル旅行会社が3社も来ていました。みなさん、ドイツ語がめちゃくちゃ上手です。さらに驚いたことに、日本語ができるモンゴル人もいました。日本語・独語・英語どれもできるのがすごいです。

ドイツ語ではモンゴル語のことをMongolei(モンゴルライ)といいます。女性名詞です。なので、冠詞をつけるとdie Mongoleiとなります。なぜ女性名詞なのか?なのですが、eiで終わる単語は女性名詞になるという文法的なルールで、特に深い意味はないっぽいです。トルコもdie Turkeiで、女性名詞です。

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↑もらったパンフレット。モンゴルのキーホルダーももらいました。久しぶりにモンゴル語を話しましたが、すごく忘れてびっくりしました・・・。モンゴル語を話そうとしても、ドイツ語がどうしても出て邪魔してしまいます。

さらに、展示場にゲルがありました・・・。ドイツ人が中でビールを飲んでくつろいでいました(笑)
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展示場(Messe)では、世界中のブースがありました。やはり、ヨーロッパなので、イタリアのブースがすごく多かったです。その他欧州・ドイツ国内もあれば、トルコ、アフリカ、東南アジア、東アジア、南アメリカ、北アメリカを世界をまたがった大規模な展示会でした

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入り口はこんな感じです。

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さて、このコロナ禍で世界的に観光産業は大きくダメージを受けています。

モンゴルはどうでしょうか。2020年6月14日現在、在モンゴル日本大使館の情報を見ると、「4.入国制限措置(1)モンゴル政府は,6月30日(火)まで,モンゴル発着の全航空便の運航を停止するとともに,外国人の入国を原則として禁止しています。」と書かれています。

ということは、モンゴルの産業で貴重な収入源である観光業は夏にしっかり稼ぐのが重要であるとされています。しかし、このコロナの状況から「外国人観光客への夏のモンゴルツアー」は不可であるということを意味ます。さらに、今年のナーダムは7月11日から7月15日と予定されているのですが、まだ見通しが立たないようです。

ちなみに、日本からドイツの入国ですが、日本人の場合は2週間の隔離がなく、そのまま入国できるそうです。しかし、これはドイツの保健局による統計情報から判断されるものであるため、しっかりと当局に確認を取る必要があります。

ところで、このようにコロナで打撃を受けたモンゴルの観光業の会社は、モンゴル政府から特別給付金や特別融資が行われるのか、不明なところがあります。ちょっと調べてみたのですが、確認できませんでした。

夏にしっかり稼ぐ観光業が、収入がほぼゼロになってしまった場合、どのように収入を得るのか?どう生活を支えるか、が大事だと思うのですが、モンゴルの資源による収入をどう国民に分配するかにかかっていると思われます。しかし、石炭の輸出量は、ロックダウンのせいか、前年度比で大幅に落ちています。

「石炭の採掘(ОЛБОРЛОЛТ)、販売(БОРЛУУЛАЛТ)、輸出(ЭКСПОРТ) 2019年・2020年」
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出典:鉱物資源石油庁 Статистикийн мэдээ 4-р сарより

モンゴルのコロナ対策はかなり早急に大胆に行われたため、累積感染者数が41名、死者数がゼロとかなりよくやっています。(ソース:在モンゴル日本大使館 「モンゴルにおける新型コロナウイルス症例状況:計41名(5月5日現在)」) ベトナムも死者数がゼロで、中国に隣接してトップダウンで封じ込めることができる国は、感染をうまく抑えられているようです。

デイリー新潮:コロナで未だ「死者ゼロ」のベトナム、感染爆発なしのアフリカ 驚きの理由とは?

しかし、これから、どうモンゴル経済を立て直すかが、課題となっているかと思われます。

ドイツにもモンゴル旅行のファンはいます。さらに、旅行中毒とも言えるドイツ人の中には、他の人が行ったことない国としてモンゴルに興味を持っている人もいます。

是非とも早くモンゴルの草原の観光が戻ってくることを祈願しております。

今回はここまで。

モンゴル ウランバートル チンギス広場
△スフバートル広場 / 写真 大道卓矢 

ウランバートル中央部、政府宮殿(映像では国会議事堂と伝えています)に面したスフバートル広場。

モンゴル独立革命を成し遂げた英雄・スフバートルを讃え、その像を中心に広がっています。

いわば、建国のシンボルです。

普段は市民の憩いの場であるほか、式典やコンサートなども行われます。


ところでこのスフバートル像、北を向いているので正面から写真を撮ると、完全に逆光で顔がよく見えません。

ふつう、こうした人物像は南を向いて建っているものですが、なぜなのでしょう?

実は、スフバートルはソ連(現・ロシア)と協調して共産主義革命を指導し、モンゴルを社会主義国家として独立させたのです。

だから南ではなく、友邦のソ連があった北を向いて建っているのです。

共産主義体制というと他に中国が有名ですが、実はモンゴルは中国より先、ソ連に次いで世界2番目の社会主義国家として成立しました。

実は中国の先輩なのです。


またソ連との関係もあり、日本とモンゴルはたあたかいを第二次世界大戦後はシベリア抑留された日本人捕虜の割り当てを受け、都市建設などに従事させました。

そしてできたのが、スフバートル広場。

つまりここは、日本人たちが血と汗を流して築いた遺産でもあります。

いらした方々は、広場の石畳の見事さに感嘆するでしょう。

日本人労働者を指揮したモンゴル人たちも、彼らの勤勉さと仕事の緻密さに驚き、次第に敬愛の念を持って接するようになったといいます。

モンゴルとの友好の原点は、私たちの先輩にあるのです。

寄稿  大道卓矢

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毎度、編集長のタケシです。
一ヶ月ぶりの記事です。一昨日内モンゴルから帰ってきました。

今回の内モンゴルでの旅の出来事を複数回にわけて、写真たっぷりで紹介して行きたいと思います。当サイトの写真や映像をテレビ局、新聞社もよく使ってくれるので必要な方は事前に連絡下さい。

チョトハサン・ゲドス(血腸)

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いきなりですが、日本ではまず見ないだろうと思います。モンゴル人にとって羊は財産です。羊の肉を食べ、毛を売り、食べ終わった肉の骨も売ります。内臓も血も無駄なく美味しいご馳走の一つです。

チョトハサン・ゲドス言わば羊の血のソーセージです。作り方は簡単です。
新鮮な腸をきれいに洗って、血と小麦粉と塩、長ネギを切って混ぜます。そして腸に入れ茹でたり焼いたりして食べます。

内臓系が苦手な人でも焼いたときは食べやすいかと思います。

ホニン・トロガイ(羊の頭)

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ホニン・トロガイは見たの通り羊の頭です。頭だけではなく足も一緒に。
頭は作りが複雑のためまず毛を短く切ったあとに焼いて、その後何回も洗ってから茹でます。
味付けは基本塩のみです。

チャナサン・マハ(煮た肉)

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チャナサン・マハは日本のモンゴル レストラン行けばすぐ食べれます。ようは、骨付き肉を塩で煮て作ります。

カターサン・フールサン・マハ(干した肉の炒め)

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同じ肉でも、時間をかけて干した肉のため噛みごたえがあって本当にうまいです。炒めというより肉汁が染み込むゆっくり茹でて出来上がります。季節的には春の時のご馳走です。

ゲドス・トトル(内臓)

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内臓を茹で、味付けはもちろん塩のみです。

今回は内モンゴルの料理編について短く書きました。
内モンゴルのことをもっと知り合い方は次には下記の2冊がおすすめです。

内モンゴルを知るための60章 (エリア・スタディーズ)
ボルジギン ブレンサイン
明石書店
2015-08-01




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【写真説明】山奥のぽつんと一軒家のようなゲル。清浄、静寂

 

 

 冬のテレルジはいい。昼の気温はマイナス18度ぐらいか。顔が痛くなるほど寒い。しかし、空気は澄んで、すがすがしい。日差しる。空が青い。観光客はほとんどいない。汚れのない静寂さがある。

 UB2ホテル、テレルジホテルを過ぎ、奥の方に車を進めると、広葉樹林の中、ぽつんと一軒家のようなゲルがあった。煙突から煙が出ている。

 これは絵になる。そう思った私は、車を降り、写真を撮った。すると、ゲルの中から男性が出てきて、何か叫んでいる。「こら、何してる。写真撮るなら、金払え」とでも言っているのかと思い、一瞬、緊張した。

 しかし、違っていた。ガイドのツェルムーンによると「中に入れって言ってますよ」という。あら、まあ。では、お言葉に甘えてみますか。

 ゲルの中に入ると、ヤギの解体中だった。といっても、内臓や毛皮は既に冬の前に取り除かれ、自然冷凍した枝肉を小屋から出してきて、切り分けているところだった。生臭い感じはない。

 「ちょうど一服したいと思っていた。温まっていってください」。そう主は言うと、お茶(ミルクなし)とボールツォグ(揚げ菓子)を出してくれた。しばし歓談。

 主の男性は、ゴビアルタイ出身の元軍人だった。「ウランバートルは住みたくないね」と言う。それで、テレルジの奥にゲルを建て、家畜を世話しながら暮らしているということだった。

 30分ほど話した。時計を見ると、間もなく12時これ以上いたら、仕事の邪魔になる帰ることにした。ゲル出るとき、主は「サヨウナラ」と言った(ように聞こえた)。

 車に向かって歩きながらサヨウナラだって。あの人、日本語わかるんだね」とつぶやいたら、ツェルムーンは「違いますよ。サインヤワーライです。道中、気をつけてという意味です」と言う。ははは。なんだサインヤワーライか。一つモンゴル語を覚えた。

 後日、日本に帰るため空港に行ったら、モンゴル国立大のバトフー教授に会った。教授は東北大で博士号を取得した薬草の研究者。旧知なので、出発前、待合室で世間話。私は奥テレルジの出来事話した

 教授は「それは、いい体験でしたね。ところで、そのヤギ肉食べました」と言う。「いえ、長居しては悪いと思ったので…。お昼ご飯はUB2ホテルで食べました」と私。

 「それは、もったいないことをした。お昼の時間だったんでしょ。そのまま粘っていれば、ヤギ肉のスープぐらいは、出してくれたと思いますよ」と教授。

 なるほど。私は遠慮しすぎか。いや、お昼どきに居座り続けるなんて、思ってもみなかった。

バトフー教授はオブス県の出身。日ごろ「ウランバートルはモンゴルではありません」と言っている。モンゴルを知るには、田舎に行かないと駄目だという意味だ。それは、わかる。でも、なあ。「お茶をもう一杯」ぐらいは言えても、「スープを食べたい」なんて、言えないなあ。


▽森修 もり・しゅう 


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

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毎度、編集のタケシです。
日本で一番、モンゴルに力を入れている都道府県と言えば東京でもない、大阪でもない。地方です。静岡と新潟はかなり頑張っています。

特に、静岡県の島田市は観光パンフレットまでモンゴル語版を出しています。英語や中国語はどこの県もありますが、さすがにモンゴル語なんかはめったにない。だからもっと注目して欲しいです。

より多くのモンゴル人に島田市を知ってもらいたいと思い、島田市役所観光課の承認を得て、そのパンフレットを弊社サイトでも掲載させて頂きました。


「島田歩紀」モンゴル語版PDF


実は、島田市がここまで頑張っているのは理由があります。2020東京五輪でモンゴル国ボクシング代表チームの事前合宿地にもなっているからです。

東京からも近い島田市、ぜひ行ってみましょう。


島田市公式サイト

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