米山パンフ

【写真 7月にモンゴルで開かれた米山学友による第2回世界大会のパンフレット。監修
者に日本人の名前が出ているものの、ほぼ100パーセント、モンゴル人が日本語を使いモ
ンゴルで製作した

米山の絆
【写真◆杪膕颪離董璽泪愁鵐亜嵎道海励」。発案、詞、曲、翻訳と4人のモンゴル人が
分担し、10回の協議を重ねて作ったという日本語の歌だ

 ロータリークラブの「米山奨学金」を受給して日本に留学したモンゴル人が今年7月、
ウランバートル市で同窓会「米山学友会」の世界大会を開いた。世界中から約600人が集
まった。大会は、日本語で進行し、出席者のあいさつも日本語だった。モンゴルなのに、
まるで日本のどこかで開かれた大会のよう。私は、大会の記録ビデオを見た。モンゴルと
日本の交流が進化し深化を続けていることを実感した。
「絆inモンゴル」のテーマで開かれた大会は、モンゴル米山学友会が主催し、モンゴル
国内から米山学友と家族ら200人、海外からは16カ国の米山学友とロータリー関係者400人
が集まった。海外組は日本人が350人と最も多かった。
米山学友の国際大会は、2017年8月、熊本市で開かれたのが最初。熊本地方は、前年4月
、大地震に見舞われており、被災者を支援しようと台湾の学友が提唱して開いた。
今回は2回目の大会で、新モンゴル学園理事長と日馬富士学校の校長を務めるJ・ガルバ
ドラッハさんが実行委員長となり、20人の委員とともに1年前から準備を重ねて開いた。
式典の司会者は、2人のモンゴル人が務め、日本語で進行した。主催者を代表して、モ
ンゴル学友会のバトゲレル会長が日本語であいさつした。
「本日、ご多忙の折、お集りいただきまして…」「ロータリアンと米山学友は見えない
絆でつながっております…」。まるで日本人があいさつしているように、私には聞こえた
モンゴル国歌の斉唱は、もちろんモンゴル語だが、日本語訳がスクリーンに映し出され
た。「君が代」も歌われた。このときは英語訳が示された。
ツォグトバートル・モンゴル外相が英語で祝辞を述べたときは、日本語訳がスクリーン
に出た。モンゴル外務省は、あらかじめモンゴル語、英語、日本語と3言語の同じ祝辞を
用意していたという。
ガルバドラッハ実行委員長は、2017年秋の叙勲で受けた「旭日小授章」を背広の左胸に
付けて、日本語であいさつした。彼は、モンゴルに日本式の学校を創設し、モンゴルと日
本の交流に尽くしたと日本政府から認められた。大会には、彼の教え子の学友が大勢参加
した。
米山学友の代表あいさつは、台湾、韓国、タイ、マレーシア、ベトナムと続いたが、そ
れぞれ日本語で各国の活動を紹介した。モンゴル代表は、ウランバートルのゲル地区の4つ
の小学校に図書室を寄贈したこと、ダンバダルジャーの日本人慰霊碑周辺に植樹したこと
などを報告した。
米山奨学金を受けた学友は、129カ国、2万1000人に上るという。中国が33パーセント
と最も多く、次いで韓国、台湾、ベトナム、マレーシア、インドネシア、バングラデシュ
、タイ、モンゴルと続く。モンゴルの受給者は279人と少ないが、人口は300万ちょっとな
ので、人口比でみれば、他国より多くなるのではないか。
最も学友が多い中国からの大会参加者はいなかった。日本にいる中国人学友は参加した
そうだが、なぜなんだろうと思う。

台湾からの参加者は38人に上った。台湾米山会が設立されたのは1983年と海外の学友会
としては最も古い。台湾では、2021年にロータリー国際大会と第3回米山学友による世界
大会が予定されている。
モンゴル米山学友会の設立は2014年3月と比較的新しい。設立5年で世界大会を開いたの
は、モンゴル人の日本語学習能力と日本社会への適応能力の高さを示すものだと私は思う
。大相撲でモンゴル人力士が活躍していることと、日本に留学するモンゴル人の意欲や意
識が高いこととは、根っこは同じだと私は考える。

▽森修 もり・しゅう

1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。