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タグ:日馬富士

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【写真説明】モンゴルの春祭り「ハワリンバヤル」でゲルの中に飾られたマザーライの写真を見る来訪=5月4日、東京・光が丘公園

 

 

 5月4日5日、東京の光が丘公園で開かれたモンゴルの春祭り「ハワリンバヤル」の今年のテーマは、ゴビ砂漠のクマ「マザーライ」。「モンゴルの宝物」「守ろうモンゴルにしかいない動物たち」の掛け声の下、チラシや冊子を作り、展示専用のゲル設けてマザーライの写真を飾貴重な動物の保護を訴えた。

 マザーライは、生息が確認できたのは22頭だけだという。絶滅の危機に瀕している。冊子や展示を見ると、「そんな現状をなんとかしたい」という熱意は伝わってきた。しかし、それだけで終わっている―と私には思えた。中身が薄い。物足りなさが残った。

 例えば、マザーライは、モンゴルのどこに生息しているのか。地図を展示していたが、これを見ただけでは、全くわからない。係の人に聞いたら「ゴビ砂漠の西の方、バヤンホンゴル県の辺り」と言う。冊子には「ゴビアルタイ県の一部にのみ生息」と書いてある。どっちなんだ。両方なのか。

 私が理解しているのは、マザーライは、ゴビアルタイ県とバヤンホンゴル県にまたがる中国との国境付近に生息している。モンゴル政府は、一帯を「大ゴビ特別自然保護区(A地区)」に指定し、遊牧禁止などの保護策を講じているこの特別保護区の地図を示してくれれば、一発でわかるのにと思った。ついでながら、大ゴビ特別自然保護区には、ゴビアルタイ県とホブド県にまたがるB地区もある。

 ゲルの中には、マザーライの写真が飾ってあった。特別自然保護区は、立ち入るだけでも困難な地域なので、マザーライの写真は、とても珍しいと思う。この写真は、どこのどなたが撮影したものなのか。写真は著作権がからむ。個人名を出さなくても、最低限どこから提供してもらったのか説明する必要があるのではないか

冊子には「#SAVETHEMAZAALAI」の文字が印刷してある。これは何なのか。マザーライ研究している団体なのか。保護活動団体なのか。この団体から写真を提供しもらったのか。このことを説明してほしい。

 マザーライの写真と一緒に、赤い実を付けた植物の写真もあった。係の人に聞いたら「ゴビベリー」と答えた。ゴビベリーなら、そのように表示すればいいのにと思った。ついでに、どんな植物なのか、なぜこの写真を展示したのか理由を説明してほしい。

 私は、これは「ハルマグ」(学名nitraria sibirica)ではないかと思う。ゴビに多い灌木で、果実マザーライなど野生動物の重要な食べ物になっている。ネットで調べると、ハルマグは、健康食品として注目されているようだ。ハルマグについて説明した方が、来訪者には理解しやすいのにと思った。

 ウランバートルの自然史博物館には、世界に一つだけというマザーライのはく製展示してある。はく製のそばには、灌木「ザグ」と薬草「バチューン」(学名rheum nanum)の模型を展示している。どちらもゴビでは一般的な植物だ。特にバチューンは、根にデンプンが含まれてい、マザーライがよく食べるという。模型の展示は難しそうだが、関連したものを一緒に展示するという自然史博物館手法にならって、バチューンの写真があればと思った

 私は、モンゴルについて、よく日本人と話す。そのとき、「コビ砂漠にクマがいる」と言うと、皆「へぇー」と驚く。同時に、「砂漠って何もないんでしょ。何食べて生きてるんだろう」と言われる。素朴な疑問だ。もっともだと思う。今回の展示は、だれでも抱くそんな疑問に答えているとは言い難い。

 マザーライが生息する地域には、トーロイ(学名populus diversifolia)という珍しい木がある。大ゴビ特別自然保護区を管理する環境観光省の出先事務所はゴビアルタイ県のバヤントーロイにある。この地名の由来となっている樹木だ。何もないような砂漠の中で見られる珍しい木なので、このトーロイだって、マザーライと全く同じ「モンゴルの宝物」と私は考える。

 マザーライを守るには、貴重な動物が生息できる環境そのものを守る必要があるのではないか。そう考えると、ハルマグ、バチューン、トーロイなどマザーライと関係が深い珍しい植物にも目を向けてほしかった

▽森修 もり・しゅう


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。


白鵬伝
朝田 武藏
文藝春秋
2018-01-25


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【写真説明】ホーショールを求めて、次々と訪れる客に対応する留学生たち。看板の裏側では、小麦粉の生地にひき肉を詰めて揚げる作業に奮闘中だ=5月4日、東京・光が丘公園

 

 

 5月4日と5日、東京の光が丘公園で開かれたモンゴルの春祭り「ハワリンバヤル」に行ってきた。在日モンゴル留学生会とモンゴル好きを自称する日本人が実行委員会を組織して行う催しで、今年で19回目。私は初日を見た。2013年に続き2回目だが、とにかく人が多い。さすが東京だと思うと同時に、モンゴル人気相当なものだと、あらためて感じた。

 「モンゴルの後輩たちの奨学金になります」「モンゴルの家庭料理、ホーショールはいかがですか」

 会場の一角で、女子学生が声を張り上げウランバートルの私立校「新モンゴル小中高」の卒業生で日本の大学や高専、日本語学校で学ぶ若者たちが集まった新モンゴル留学生会テントの屋台を出していた。

ホーショールは、モンゴルの揚げ餃子といった料理。家庭料理であると同時に、ウランバートルのレストランでは必ずといっていいほどメニューに載っている定番料理だ

1個250円、2個だと450円。キャベツ、ニンジンのサラダ付きで販売していた。私は2個入りを買った。久しぶりに食べた。うまかった。

新モンゴル留学生会は、在日モンゴル留学生会とは別の組織だが、両方で活動しているもいる

新モンゴル留学生会の店は、モンゴルの後輩たちに支給する「ウラム(励み)奨学金」を稼ぐために開いた支給対象は、経済困難な生徒はもちろん、成績優秀者、数学・物理・化学のオリンピックでメダルを取った生徒、ボランティア活動に取り組んだ生徒ら。半年で20人に5000円ずつ支給する。年2回の支給なので、ハワリンバヤルの2日間で20万円を稼がなければならない。

20万円は、あくまでも益金だ。売上金から材料費や出店料など差し引かれる。1個250円のホーショールで、これだけの益金を稼ぐことはできるのか。ということで、しおりにモンゴル文字で来店者の名前を書いて販売もしていた

参加した留学生は手弁当だ。横浜国大、東京工大、桜美林大、山梨大、群馬大など首都圏はもちろん、宮崎大、高知大、香川高専、名古屋工大、信州大、新潟大、山形大、秋田大など遠隔地から参加した人も多い。旅費はすべて自分持ち。高知から東京までは、バスで12時間かかるという。飛行機や新幹線、ホテルを利用する経済的な余裕はない。宿泊は友人、知人が頼りだ。

ウラム奨学金は、高校生向けだが、これとは別に、中学生向けの「テムーレル(希望)奨学金」を出している留学生もいる。また日本留学を目指して東京の日本語学校で学ぶ後輩にフューチャーファンド」という奨学金を支給したグループもある。

彼ら留学生は日本の奨学金をもらって学んでいる。アルバイトもしている。そんな生活費の中から、後輩たちの奨学金をひねり出している。


▽森修 もり・しゅう


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

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白鵬伝
朝田 武藏
文藝春秋
2018-01-25


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【写真説明】どんな卒論を書いたか、日本で何を学んだかを発表し合う勉強会=2019年3月29日、衆議院第一議員会館

 

 ウランバートル市の新モンゴル高から日本の大学に留学した若者たちの勉強会が3月29日、衆議院第一議員会館で開かれ、大学と大学院を卒業したばかりの16人が卒業論文について発表した。勉強会には、卒業式に臨む息子や娘の晴れ姿を見るため来日した親や後輩留学生、支援する日本人らも含めて90人が集まり、日本での生活を振り返った。

 名古屋大法学部のソドチメグさんは、「モンゴルにおける暴力被害者シェルターの現状と課題」と題して発表した。モンゴルでは、女性の3人に1人が夫やパートナーから身体的性的な暴力を受けているとする調査結果があり、大きな社会問題にもなっている。彼女は、そうした被害者を守るシェルターの現状を日本と比較しながら調べ、法整備も含めて改善策を探った。

 ソドチメグさんは、卒業式にはハルハ族の民俗衣装で臨み、2206人の卒業生のうち、成績優秀者に贈られる総長顕彰者7人の1人に選ばれたことが紹介された。

 秋田大国際資源学部のハリウンさんは、「小規模鉱山企業と金の零細企業のフォーマル化」(原文は英語)と題する卒論をまとめた。モンゴルでは、ゴビなどで「ニンジャ」と呼ばれる金採掘者が多く、精錬作業での水銀汚染が問題になっている。彼女は、そうした現状を調べて問題点と解決策をまとめた。

 ハリウンさんは、卒業式にはブリヤートの民俗衣装で出席し、外国人留学生を代表して答辞を述べた。

 信州大農学部のツェンドアユシさんは「乳業用乳酸菌由来オリゴDNAケモカイン誘導能」と題して発表した。日本では乳酸菌が免疫力を高めるとする健康食品が数多く販売されている。モンゴルは乳製品が生活の中に根付いている。彼女は、4月から信大大学院で、乳酸菌に由来するDNAの研究を続ける。「将来、新薬の開発につなげることができれば」と力強く抱負を語った。

 桜美林大リベラルアーツ学群日本語教育専攻のツォルモンさんは、町田市周辺の外国人の子どもたちに日本語を教えるボランティア活動の授業を履修した500人の中から「最優秀サービスラーナー」に選ばれたことを報告した。大学から、授業の一環で日本語を教えた初の外国人留学生として認められた。

 ツォルモンさんは、今後は新モンゴル小中高のキャリア開発センター職員として卒業生の進路相談など支援活動を行うとともに、後輩たちに日本語教える。

 卒論発表会には、新モンゴル日馬富士学校を創設し理事長を務める元横綱のビャンバドルジさん訪れ、若者たちを激励した。

 モンゴルの「教育テレビ」も取材に来ていた。取材チームを率いるのは新モンゴル高と信州大を卒業したアンフバヤルさん。彼女は、昨年暮れに出産したばかりで目下、産休中だが、かつて自分が経験したことでもあり、「深みのある取材ができるのでは」と会社から打診あり、喜んで引き受けたという。番組は3本を予定している。卒論発表会のほか、私費留学を目指す受験生が千葉県で行っている合宿、留学生の一日う。

▽森修 もり・しゅう


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

全身全霊 第70代横綱、18年間のけじめ 日馬富士公平
日馬富士 公平
ベースボール・マガジン社
2018-09-27



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【写真 何もないような大平原の真っただ中にあるボクツの水場。飲めるので早速、ポリタンクに入れる

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【写真◆岩山の水が流れるマザーライシャンド。塩分があるというが、貴重な水場だ

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【写真】保護区内で最も水量があるシャルフスの水場。ヨコエビとみられる生物もいるトーロイなど周辺の植物も勢いが感じられる

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【写真ぁ曠張.ーンボルガスの水場のトーロイの木。砂漠の中のオアシス

 

 ヒグマの仲間「マザーライが出没する大ゴビ特別自然保護区(A地区)は、四国4県よりも広い4万4000平方キロメートル。このA地区の水場は16カ所あるという。私たちは、このうち、バロントーロイ、ボクツ、マザーライシャンド、シャルフス、ツァガーンボルガスの5カ所を廻った。

 バロントーロイの水場では、マザーライと野生ラクダ「ハブトガイ」の死体を相次いで見つけた。ハブトガイは、わずかばかりの水たまりを覆うように横たわり、ハゲワシなどの動物に食われた無残な姿をさらしていた。死体で見つかったマザーライも、この死肉を食べていたかもしれない。

 ボクツの水場は、何もないような荒野の中の深い水たまりだった。周囲にはヨシが茂っている。ここの水は飲んでも大丈夫ということで、早速ポリタンクに入れた。

 池のそばに水路が築かれていた。動物たちが水を飲みやすいようにするためだが、水量が足りないせいか、それとも砂漠での施工技術上の問題なのか、使われないまま壊れた状態だった。

 マザーライシャンドは、岩山の谷を流れる滑床の沢だ。ここの水は、塩分が含まれているということで、沢筋に白い帯が続いていた。周辺にはマザーライやオオカミの足跡があった。アイベックス(野生ヤギ)が岩山を駆け上る様子が見えた。遠くでハブトガイとみられるラクダが草か何かを食べている姿も見ることができた。

 シャルフスの水場は、保護区内で最も植物に勢いがある。岩山から流れを形成しており、水量が結構ある。体長1〜2センチのヨコエビとみられる生物もいた。ここの水も飲めるので、ポリタンクに入れた。

シャルフスの沢は、ヨシ原を抜け、道路の上を流れ、緩斜面を下ると、いつの間にか消えていた。伏流水になっているようだ。山ろくのどこかで井戸を掘れば、利用できるに違いない。

 ツァガーンボルガスの水場は、小さな谷状の所で、わき水が小川になっているが、水量は少なめだ。トーロイの木は、シャルフスに比べると、まばらで、葉の勢いも感じられない。しかし、痛々しいというより健気というか、大丈夫私は生きています」とでも言っているかのように思えた

(マザーライについて詳しくは拙著「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」第5章「ゴビ砂漠のクマ」をご覧ください)

▽森修 もり・しゅう

1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。



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