モンゴル情報クローズアップ!

モンゴルの文化、ビジネス、投資、観光、最新話題など幅広い情報をお届けします。(通称:モンゴルなう)

タグ:旅行

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Photo : モンゴル・フブスグル県ムルンで買ったトナカイ遊牧民「ツァータン」の人々の暮らしの絵

モンゴルから帰国して、投稿がしばらく空いた。

数日、次の旅へと装備の見直しをしつつ、溜まった要件をこなしつつ、こころが落ち込んだ。

「モンゴルが好きだな」

と、積極的に歩み寄ったからだと思う。
「モンゴルロス」というやつだ。

実はいままで、モンゴル旅行が嫌な時期があった。

日本の古都でながく伝統産業をしている家の、大金持ちのお嬢さんとモンゴル旅行をした時のこと。

「モンゴルで旅をするにはお金がたくさん必要」

というお嬢さんの思い込みに付き合って贅沢な高級レストランでモンゴル人を接待したり、長距離のガソリン代を払ったり買い物をどんどんしたあげく

「費用はワリカンだからね」

と、自分にはかなり負担になるお金を求められて続けて以来

「モンゴル人は平気で人を搾取するひとびとだ」

モンゴル人たちも平気でモノをねだるようになってきて

「モンゴル人は他人からお金やモノをねだる人々」

という、嫌な印象をもっていた。

でもこの2年、お嬢さんから離れてモンゴルへ旅して、そんな考えはある程度は消えてきている。

わたしは、いい人たちと付き合って、モンゴルがすこしづつ好きになってきたと思う。

寄稿  大道卓矢

モンゴル ウランバートル チンギス広場
△スフバートル広場 / 写真 大道卓矢 

ウランバートル中央部、政府宮殿(映像では国会議事堂と伝えています)に面したスフバートル広場。

モンゴル独立革命を成し遂げた英雄・スフバートルを讃え、その像を中心に広がっています。

いわば、建国のシンボルです。

普段は市民の憩いの場であるほか、式典やコンサートなども行われます。


ところでこのスフバートル像、北を向いているので正面から写真を撮ると、完全に逆光で顔がよく見えません。

ふつう、こうした人物像は南を向いて建っているものですが、なぜなのでしょう?

実は、スフバートルはソ連(現・ロシア)と協調して共産主義革命を指導し、モンゴルを社会主義国家として独立させたのです。

だから南ではなく、友邦のソ連があった北を向いて建っているのです。

共産主義体制というと他に中国が有名ですが、実はモンゴルは中国より先、ソ連に次いで世界2番目の社会主義国家として成立しました。

実は中国の先輩なのです。


またソ連との関係もあり、日本とモンゴルはたあたかいを第二次世界大戦後はシベリア抑留された日本人捕虜の割り当てを受け、都市建設などに従事させました。

そしてできたのが、スフバートル広場。

つまりここは、日本人たちが血と汗を流して築いた遺産でもあります。

いらした方々は、広場の石畳の見事さに感嘆するでしょう。

日本人労働者を指揮したモンゴル人たちも、彼らの勤勉さと仕事の緻密さに驚き、次第に敬愛の念を持って接するようになったといいます。

モンゴルとの友好の原点は、私たちの先輩にあるのです。

寄稿  大道卓矢

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この夏もモンゴル行しています。 

昨年に投稿した

【モンゴルで自分のスマホが使えるようになった!】
https://bit.ly/2HyilRx

に引き続き、ウランバートル到着後、さっそくSIMロックフリーのiPhoneにモンゴル大手通信会社

「MobiCom(モビコム)」

に通じるモンゴルのデータSIMカードを挿しました。
 

上記、昨年の記事では15日間5GBの上限パケット通信量が……

なんと1年で、15日間15GBに容量がアップしました。

今回は通話契約を省いたのですが、このグレードアップにしてお値段は15,000トゥグリク
(約705円。2019年8月29日時点のレート換算)
昨年とほぼ変わらずです。
 

モンゴルの「ノミンデパート(中央デパート)」5階のモビコムオフィスに行けば、ものの5分の手続きでモンゴルの4G通信ができるようになります。

今年は電話番号を付与しなかったので手続きが速かったのかもしれませんが、びっくりしました。

しかも挿してすぐ使えるので、去年と同じく、さっそくモビコムショップ向かいのカフェスペースからお知らせしています。

ちなみにカウンターでは英語が通じますので、モンゴル語が苦手な方でも対応してもらえます。
 

・ご自身の携帯がSIMロックフリーであること
・通信はモンゴルの無人地域には及ばない可能性があること
(いつでもどこでも通じるというわけではない事。これはレンタルWi-Fiでも同じです)

をご確認のうえ、モンゴルに行くのに、日本からモバイルWi-Fiなどをレンタルしていかれる方には、通信手段の選択肢として一考されてはいかがでしょうか。
 

ツーリストキャンプや草原の移動中でも、驚くほど使い勝手がいいと思いますよ。

寄稿  大道卓矢

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毎度、編集長のタケシです。
日本にモンゴル博物館はあるので知ってたけど馬の博物館なんてあるんですね。

夏休みは、モンゴルまで行けないよという方にぴったりのモンゴル プチ体験できる展示会があります。

展覧会名
テーマ展「モンゴルの生活と日本」

会期
7月27日(土)〜9月29日(日)

会場
馬の博物館 / 神奈川県横浜市中区根岸台1−3

協力
浅野慈司氏(写真家)
開館時間
10:00〜16:30(入館は16:00まで)

入館料
大人100円、小中高校生30円
※毎週土曜日は小中高校生無料

会期中の休館日
月曜日(ただし、8月12日、9月16日・23日は開館)
8月13日(火)、9月17日(火)・24日(火)

もっと詳細を知りたい方はこちら
http://www.bajibunka.jrao.ne.jp/uma/event/event_20190712_2.html



街道をゆく 5 モンゴル紀行 (朝日文庫)
司馬 遼太郎
朝日新聞出版
2008-09-05


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【写真 曠Ε屮襯魯鵐イ県バヤンテグの町外れにあるゴアンズ(食堂)
 
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【写真◆杰堂の客を世話する女将さん犬
 
 
 モンゴルの犬は働き者だ。惰眠をむさぼる?平和な日本の犬とは違うと思う。
 ゴビアルタイ県とバヤンホンゴル県にまたがる特別自然保護区にマザーライ(ヒグマの仲間)の調査に行ったとき、行きと帰りに、ウブルハンガイ県西部のバヤンテグという炭鉱の町に泊まった。
 ウランバートルを車で出発し、9時間ほど走った後、薄暗くなったころ、バヤンテグに着いた。しかし予定していたホテルは、だれもいない。近くの食料品店で聞いたところ「ホテルの経営者はニンジャ(金探し)をやっている。いつ帰るかわからない。とりあえず食堂に行って待っていたら」と言われた。
 5月だったので、日が落ちると寒さがこたえた。食堂は暖かく、居心地は良かった。ツァイワン(焼きうどん)を注文し、食べながら経営者の女性にホテルの件を話し、「ここに泊まれるかな」と聞いたら、OKの返事。
 そこで、食事の後、テーブルを入り口の方に寄せ、持参していた工事用シートを床に敷き、寝袋を並べた。私と米田一彦さん(クマ研究家)の日本人2人は、長椅子に寝袋を広げた。
 食堂の建物は、厨房に煮炊き用のかまどがあり、煙突は客用区画との間の壁の中を通っている。床ではなく壁のオンドルのような構造になっている。
 寝る準備をした後は、厨房でモンゴル・ウオッカ「アルヒ」を酌み交わす宴会になった。経営者の7歳の女の子が、自ら歌いながら踊りを披露するサービスまであって盛り上がった。
 宴会が終わり、皆が寝静まったころ、私は気分が悪くなった。駄目だこれはと思い、外に出た。このとき、出入り口の外に丸くなっていた黒い犬を踏んずけてしまった。「キャーン」と悲鳴が上がった。暗がりに黒犬なので気づかなかった。ごめん。
 私は吐きそうだった。なるべく食堂から離れようと思い、歩き出したら、黒犬がついてくる。雌犬で、私たちが到着したとき、「いらっしゃいませ」とでも言っているかのように、ぶりぶりと、しっぽを振って歓迎してくれていた。食堂の女将さん犬は、私の具合の悪さを察知したのか、ついてくる。
 懐中電灯を頼りに100メートルぐらい歩いたところで、吐いた。そのとき犬は、下から待ち受けていたかのように口を開き、受け止める。酔っぱらいの扱いに慣れているような感じだった。翌朝、見たら、黒犬の耳の辺りが白くなっていた。うまくキャッチできなかった跡だった。
 吐くと気分は良くなる。しかし、今度は便意を催した。ここはモンゴルだ。用を足すのは、どこでもいい。食堂の建物からは離れている。夜中だし、だれもいない。よし、いいなと思って、ズボンを下ろしたら、犬がいた。犬は、尻をなめるかのように近づき、排せつすると、パクっと食べる。見事な早業と言いたいところだが、ヒヤヒヤしながらの用便だった。
 ということで、後始末は全部、女将さん犬がやってくれた。私はティッシュペーパーに砂をかけて埋めるだけだった。
 食堂には大将犬もいた。食堂の勝手口を出ると物置やゲルがあり、この辺りを大将犬が守っていた。大将犬は後ろ脚が不自由だった。女将さん犬は、客が出入りする道路側を守る。2匹で役割分担していた。
 ウランバートルの東、ナライハの手前の山に天文台がある。天文台に隣接するホテルにも女将さん犬がいた。犬は、客が来ると駐車場に出て、しっぽを振って迎える。帰るときも、しっぽを振って見送ってくれた。ホテルの玄関わきの囲いの中に犬小屋があり、生まれて間もない子犬が見えた。ここの女将さん犬は、子育てしながら働いていた。
 モンゴルの犬というと、遊牧民の番犬を思い浮かべる人が多いかもしれない。でも、客をもてなす女将さん犬にも注目してもらいたい。


▽森修 もり・しゅう 

1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

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