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やまがた
【写真説明】金子社長罎肇リドさん茵▲魯鵐イバヤルさん=山形市松栄のエム・エ
ス・アイ本社

山形市で企業システムの構築や運用支援などを手掛ける「エム・エス・アイ」(金子昌弘社長、資本金2000万円)で、日本の大学を卒業した2人のモンゴル人が働いている。同社は、金子社長が兼務する系列会社「IHC」が、優秀なモンゴルの人材を発掘し、日本企業に紹介する有料の職業紹介事業にも力を入れており、来春までに、さらに2人のモンゴル人を雇用する予定だ。

同社に勤務しているのは、2018年春に立命館大国際関係学部を卒業したハンガイバヤルさんと、今年春に山形大人文社会科学部を卒業したガリドさん。2人ともウランバートル市の日本式学校「新モンゴル小中高」を卒業しており、高校生のころから日本語を学んでいた。ハンガイバヤルさんは、大学での授業はすべて英語だったという。ガリドさんも、山形大と提携するフィリピンの大学に留学した経験があり、英語が得意の国際派だ。

エム・エス・アイ社は、以前から中国人や台湾人を採用しており、金子社長は「日本に留学した外国人は優秀だ」と評価していた。モンゴルについては、北京やウランバートルなどに行政書士事務所を構える知人から「モンゴル人もいいよ」との話を聞いており、関心はあったという。

新モンゴル小中高を創設し、現在は新モンゴル学園の理事長と日馬富士学校の校長を務めるJ・ガルバドラッハさんは、山形大と東北大に留学した際、家族6人で6年間、山形市民だった。金子社長は、このことを知るにつれ、モンゴルへの関心は深まっていった。

金子社長は山形中央ロータリークラブの会員。ガルバドラッハさんは、山形北ロータリークラブ会員の紹介で米山奨学金を受給した経験があり、現在はモンゴルのフレーロータリークラブ会員として活動している。金子社長は、同じロータリアンとしてのつながりから、山形北ロータリークラブが、創立50周年の記念事業して、2018年2月、ガルバドラッハさんが経営する新モンゴル高専に、教育設備費として300万円を寄贈した際、テープカットの式典に同席している。

社員のガリドさんは、山形大3年のとき、エム・エス・アイ社の会社説明会に出席したところ、直ちに「内定」となり、金子社長は、フィリピン留学の奨学金も出してくれた。

ハンガイバヤルさんは、立命館大を卒業後、モンゴルに帰国し就職したが、日本への思いが募り、2018年秋にエム・エス・アイ社と連絡を取ったところ、金子社長から「面接に来なさい」と言われ、来日したら「内定」となり、ビザの関係で入社は2019年1月となった。
金子社長は「モンゴル人は、顔は日本人と同じで違和感がないし、日本語の能力は高い。大相撲で活躍している力士を見てもわかる通り、日本社会に溶け込んで、がんばる気持ちも強いと思う」と言う。

「ただし、ネックは、いつまで日本にいてくれるかです」と金子社長。モンゴルからの留学生は、大学卒業後は帰国し、祖国の発展に貢献しようとの意識が強い。奨学金の支給元は、「卒業したら帰国」を促す傾向にあり、ガルバドラッハさんも、これまで教え子たちに、そのように指導してきた。

しかし、金子社長は「日本式経営の基本は、企業は人なりの精神。入社して3年とか5年とかは先行投資です。せっかく一人前に育て上げ、さあこれからというときに帰国されてもねえ」と言う。単なる腰掛けでの入社は困る。

もっとも、金子社長は、帰国はダメとは言っていない。「企業家としての心構え、マネジメントの能力などは、大学で勉強するだけでなく、実際に社会に出て、現場で働いてこそ身に付くのではないか」と言い、「日本で経験を積み、モンゴルに帰国しても、何か日本とつながるようなビジネスを考えてくれたら、うれしい」と理解を示している。

ハンガイバヤルさんは、山形ローターアクトクラブの2020-2021年度の会長、ガリドさんは副会長を務めており、2人とも「仕事以外でも何か社会貢献できないか、みんなで考えています」と意欲的だ。

▽森修 もり・しゅう

1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

名古屋大
【写真】左からガルバドラッハさん、3女のスウリさん、夫のオトゴンプレブさん=2019年9月23日、名古屋大学中央図書館前

 ウランバートルで、新モンゴル学園の理事長と日馬富士学校の校長を務めるJ・ガルバドラッハ(愛称ガラ)さんは、今春、名古屋大学大学院の教育発達科学研究科博士課程に入学した。3女のスウリさんと夫のオトゴンプレブさんも博士課程で学んでおり、親子3人そろって名大の博士課程だ。
 ガラさんは、山形大で教育学の修士号を取得した後、東北大の博士課程に移り、カリキュラム論を専攻して4年間在籍したが、博士号取得までは至らなかった。東北大に在籍していた2000年、モンゴル初の3年制の高校「新モンゴル高」を創設した。年に何回か、モンゴルと仙台を往復する生活を続けたが、学校を軌道に乗せることに没頭していたため、博士論文を完成することはできなかった。
 新モンゴル高は、その後、中学校と小学校を併設し、モンゴルでは一般的な小中高一貫教育の学校になった。
 ガラさんは、さらに2014年、新モンゴル工科大と日本式の新モンゴル高専(工業高等専門学校)を創設した。2016年には、日本の幼稚園と保育園をモデルにした新モンゴル子ども園もつくった。2018年には、元横綱・日馬富士(本名D・ビャンバスレン)さんが出資して理事長を務める新モンゴル日馬富士学校を創設し校長を務めている。
 ガラさんは、2016年、モンゴル国立教育大の博士号を取得している。しかし「日本の大学の博士号を取りたい」と考え、名古屋大入学となった。本業の新モンゴル学園は、長女のトゴスさんが専務理事に就任しており、学校経営の負担がいくらか減ったことが背景にある。ちょうど名古屋大には、3女のスウリさんが大学院教育発達科学研究科の修士課程から在籍しており、来日したとき、通いやすいこともあった。
 スウリさんは、新モンゴル高の一期生で、横浜国大教育学部を卒業して帰国、母校の日本語教員をしていたが、2016年4月、名大の修士課程に入学し、今春、博士課程に移った。夫のオトゴンプレブさんは工学研究科博士課程でコンピューターのセキュリティー関係を専攻している。
 名古屋大は、2006年、モンゴル国立大法学部に日本法教育研究センターを開設しており、日本語による日本法教育を行うとともに、モンゴルでの研究拠点にしている。
 名古屋大はまた、モンゴル国立教育大との交流にも力を入れており、発達科学の分野で共同研究も行っている。
 ガラさんは、名古屋大では教育経営の分野で研究を行う。今年9月には、北海道の宗谷地区の小中学校で現地調査を行った。名大は1992年から宗谷地区で地域教育経営の事例研究を続けている。ガラさんは、今後、モンゴルで教育経営の事例研究などを重ね、自らの学校創設の経験も踏まえた博士論文を仕上げるという。





▽森修 もり・しゅう
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。


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