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タグ:内モンゴル

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毎度、編集長のタケシです。
たいへんありがたいことに当サイトの編集メンバーが増えました。ウランバール・ブリヤード・カルムイクに留学されれいる3名です。非常に興味深い、そしてディープな情報を現地から配信して下さって本当に感謝です。

メンバーの詳細情報はこちら

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では、本題に入ります。
「日本モンゴル学会2017 年度秋季大会案内」のお知らせです。

開催日時
2017 年 11 月 18 日(土) 午前 9 時 30 分〜午後 5 時 50 分

開催場所
滋賀県立大学 A2 棟 2 階 A2-202 大講義室

内容:

第1部 研究発表

1.中村絵里(東京大学大学院博士課程)、北村友人(東京大学大学院)
「ウランバートル市ゲル地区における小学生保護者のネットワークに関する考察」
(9:40-10:00)
2.廣田千恵子(千葉大学大学院博士後期課程)
「モンゴル国カザフ人社会におけるフェルト敷物「サルマック」の使用法とその特徴」
(10:00-10:20)
3.ハスゴワ(哈斯高娃)(神戸大学大学院博士後期課程)
「清代及び中華民国期におけるオルドス地域のキリスト教宣教師たち― 引き起こされ
たトラブルとその解決方法」
(10:20-10:40)
4.内田孝(滋賀県立大学)
「滋賀県立大学図書情報センターが所蔵するモンゴル関連資料の紹介―松文庫と陳
文庫を中心に―」
(10:40-11:00)
(松文庫等の見学:11:05-11:35)

第2部 講演

1.Christopher P. Atwood.(ペンシルヴェニア大学教授)
“Chinggis Khan and His Sons in Yuan Dynasty History Writing”
(13:00-13:30)
2.ボヤンデルゲル(内モンゴル大学教授)
《“鲜卑”、“室韦”、“尼鲁温”音义新释——兼论蒙古族族源》(「”鮮卑”、”室韋”、”尼魯
温”の原意をめぐる新しい解釈― モンゴルの起源論を兼ねて」)
(13:30-14:00)
3.ザヤーバータル(モンゴル国立大学教授、モンゴル研究協議会事務局長)
Монгол судлал: дэмжих бодлого, үйл ажиллагаа(モンゴル研究:支援策と活動)
(14:00-14:30)
(休憩;14:30-14:45)
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第3部 「現代モンゴル仏教の実践の諸相」セッション

趣旨説明(島村一平:滋賀県立大学) (14:45-14:50)
1.Rustam SABIROV(モスクワ大学)
“Varieties of Buddhism in Contemporary Mongolia”
(14:50-15:05)
2.島村一平 (滋賀県立大学)
「呪術化した社会主義:モンゴルにおける社会主義期の転生ラマ信仰の事例から」
(15:05-15:20)
3.趙芙蓉(国立民族学博物館外来研究員)
「内モンゴルにおけるモンゴル仏教の再生の現状と転生ラマの存在」
(15:20-15:35)
4.Jadamba Lkhagvademchig(モンゴル国立大学専任講師)
「双頭のモンゴル仏教:現代モンゴル仏教の主導権をめぐるジェプツンダンバ 9 世と
ガンダン寺院管長のポリティクス」
(15:35-15:50)
討論 (15:50-16:10)
(休憩;16:10-16:25)

第4部 研究発表

1.正司 哲朗(奈良大学)、千田嘉博(奈良大学)、臼杵勲(札幌学院大学)、L.イシツェ
レン(モンゴル科学アカデミー歴史・考古学研究所)、CH.アマルトゥヴシン(モンゴ
ル科学アカデミー歴史・考古学研究所)、G.エレグゼン、青木麻佑花(奈良大学)
「モンゴル国における 18 世紀の寺院都市ズーン・フレーのデジタルアーカイブと構造
解明」
(16:25-16:45)
2.Legden Tserenchunt (インディアナ大学上級講師)
“Past, Present and Future of Teaching Mongolian Language at Indiana University and in the
USA”
(16:45-17:05)
3.小林秀高(拓殖大学北海道短期大学)
「モンゴル国における政治制度と大統領の権力」
(17:05-17:25)
4.チョルモンゲレル(大谷大学真宗総合研究所特別研究員、中央民族大学大学院博士
課程)
「カルムイク木版本『金光明経』の新研究─二種の木版本の関係・刊行時期について
―」
(17:25-17:45)
閉会の辞(副会長) (17:45-17:50)


日本モンゴル学会事務局
〒183-8534 東京都府中市朝日町 3-11-1 東京外国語大学青木雅浩研究室気付
Tel.042-330-5297 / E-mail:monglstd@yahoo.co.jp

もっと詳しい情報はこちらPDF


アジャ・リンポチェ回想録 モンゴル人チベット仏教指導者による中国支配下四十八年の記録
アジャ・ロサン・トゥプテン(アジャ・リンポチェ八世)
集広舎
2017-10-14

Мендвт!(カルムイク語でこんにちは。)

初めてこちらのブログに投稿させていただきます。
下村と申します。
9月からロシアのカルムイク共和国の中心都市、エリスタで留学生活を送っております。

以前の記事で、ロシアの中の「モンゴル」
ブリヤート共和国が紹介されていましたが、
カルムイク共和国も、ロシア領内にあれど「モンゴル」的な要素を多く持つ地域です。
これからこの地域について、私が感じたことを紹介して参りたいと思います。

カルムイク共和国は、カスピ海北岸に位置しています。南ロシアに位置するため、冬も比較的温暖な気候で、過ごしやすい地域です。
気候は中央アジアに近いです。

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カルムイクとはヨーロッパ側からの呼称で、モンゴル語ではХалимаг(ハリマグ)、自らをОйрад(オイラト)と呼んでいます。
カルムイク人と呼ばれる人の多くは、私と同じ様な顔つきをした人が多く、街を歩いていても全く違和感がありません。

カルムイク人は17世紀初めにジュンガリア方面から移動し、ヴォルガ河の下流に住み着いたオイラート人の一部です。帝政ロシアの圧政により、一部のカルムイク人はジュンガリアに戻ろうとしました。しかし、この時ヴォルガ河が凍結しておらず、西側に取り残された人々が、現在この地に住むカルムイク人の祖先と言われています。

主な宗教は仏教で、エリスタにはチベット仏教の寺院があります。ダライ・ラマも訪れました。
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↑チベット仏教の寺院。
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言語は、ロシア語とカルムイク語が主に使われています。日常生活では圧倒的にロシア語が使用されています。カルムイク語は年配の方であれば流暢に話せる人もいますが、
私と同年代の大学生の子達は、理解できるが話せない、あるいは全く分からない子が殆どです。

このようにカルムイク語が厳しい状況を迎えていますが、大学や寺院ではカルムイク語の授業を受講することができます。授業は明日から始まるので、これについてはまたレポートします。

一方で、文化面(歌やダンス)、食生活ではカルムイクの要素(モンゴル的な雰囲気)を色濃く感じます。

例えば、街の中心部にある劇場や、イベント時のセレモニーでは、カルムイクのダンスや歌を見聞きすることができます。
伝統的な歌は、モンゴル本国と似ているように思います。馬頭琴のメロディや、ホーミーのような喉歌が特徴的です。
ダンスは、肩を上下に動かしたり、足の素早いステップが特徴的です。
これはカフカスの影響を受けているようです。

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↑カルムイクの民族衣装

料理について。カルムイクの代表的な料理で、берикиがあります。
モンゴル料理の代表格と言えば、буузですよね。
中身が羊肉な点は一緒ですが、形や作り方が違います。ペリメニに近いかもしれません。мантыもこちらではポピュラーな料理です。

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↑берики。形は餃子に似ています。茹でて食べます。

またスーテーツァイによく似た、Джомбаというカルムイク茶があります。ボルツォグと一緒に食べます。
街の食堂、お茶の時間には必須の飲み物です。

その他、印象に残っているのは、トド文字のカリグラフィー展覧会です。トド文字とは、縦書きのモンゴル文字を改良した文字で、かつてのカルムイク語を書き表すための文字です。現在はキリル文字表記です。

市内の寺院で開催されていました。カルムイク語の講座も不定期で開かれているので、文化振興の中心的な場所と言えるのではないでしょうか。
写真撮影不可だったのが残念でしたが、流れるように書かれた縦文字が美しく、正にアートでした。

このように、モンゴル本国と文化的な共通点を多く持つのがこの地域の特徴です。
街を歩いていると、地理的にはヨーロッパに近い所に居ながら、しかし確実にアジアの文化圏に暮らしていることを感じます。

このブログを通じてこの街の魅力を発見していきたいと思います。
知りたいトピック等がございましたら、コメントしていただけると幸いです(^^)

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△ブリヤード
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△ブリヤード
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△ブリヤード
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△チャハール部
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△チャハール部
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△ドルボド部
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△ブリヤード(ロシア)
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△オルドス
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△オルドス
2017-10-14-12-34-45
△オルドス
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△ハルハ(モンゴル)
2017-10-14-12-35-30
△ハルハ(モンゴル)
2017-10-14-12-35-55
△豁里布里亚
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△ホルチン
2017-10-14-12-36-14
△明安
2017-10-14-12-36-30
△ソニド

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