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2019年12月16日追記、その報告はこちら:

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【写真 受験生らは停電のためソクの明かりの下で夕食。不安でも元気=2011年3月11日、筆者撮影

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【写真◆仙台市の西多賀小学校体育館の避難所に布団などを持ち込み、しばし休憩=2011年3月12日

 

 2011年3月11日の東日本大震災は、モンゴル人にとっても大きな出来事だった。あらためて当時を振り返ってみる。

 筆者宅の隣に両親が住んでいた家があり、震災当時は、新モンゴル高を卒業し日本の大学に私費留学を目指す受験生と付き添いの教員先輩留学生合わせて20人のモンゴル人が合宿していた。

 マグニチュード9・0の大地震が襲った午後2時46分ごろ、受験生らは仙台市の八木山動物公園にいた。ちょうどホッキョクグマが泳ぐ姿を観察することができるトンネルの中にいたが、急いで飼育舎を出て、地面に座り込んだ。怖いもの知らずの現代っ子たちは、携帯電話を使って動画撮影を行った。地震の記録というよりは自分たちの記念撮影だった。

モンゴルは、ほとんど地震がない。福島大に合格したオドバヤルは、受験で母国を離れる前、日本についていろいろ調べた。日本に行ったら、〆吹雪の中を歩いてみたい∨槓のラーメンを食べたいC録未鯊慮海靴燭ぁ修覆匹塙佑┐討い拭

受験が一段落し、ほっとしていたとき『待望』の地震に遭遇した。オドバヤルは喜んだ。「ああ、地震だ。地震だ」と舞い踊った。しかし、やがて、そんなことは不謹慎極まりないことが、だんだんと分かってきた。彼は後日、「私は間違ったことをしてしまいました」と反省の弁を語った。

受験生たちは、動物公園近くに住む谷口和也東北大准教授宅で開かれるパーティーに参加する予定だった。会合は中止とな、谷口先生の奥さんが用意していた料理を持って合宿所に戻った。合宿所は停電となり、ガスも止まった。水道は無事だった。

夜は、ロソクの明かりの下で食事となった余震が続いた。しかし、みんな明るく元気だった。夕食後、受験生たちは、近くの西多賀小学校の避難所に移動した。合宿所から布団などを持ち込み、体育館の床に横になって、夜を明かした。12日も昼は合宿所、夜は避難所ですごした。合宿所と避難所の往復は手際が良かった。遊牧民の伝統を思わせた。

受験生たちは13日午後、山形県村山市に移動した。村山国際クラブの皆さんとの交流は毎年の恒例行事で当初から予定組まれていた。しかし、行事は途中で打ち切りとなり、14日夕、受験生たちはJR山形駅からバスで成田空港に向かった。モンゴル政府の対応は素早く、国民を帰国させるためのバスと飛行機を手配していた。バスは、福島原発を警戒し山形から新潟経由で成田へ着いた。

山形大のボロルドイは、春休みでモンゴルに帰省し、3月11日、成田空港に戻ったところで地震に遭遇した。交通機関がストップしたため、山形に行くことはできず、様子を見ながら空港にいた。12日、何も問題はなさそうなので、モンゴルの両親に電話し、山形に戻ることを伝えた。しかし、父親から怒られた。「このバガ息子、早ぐ帰ってコって、怒鳴られましたよ」とボロルドイは後日、山形弁を使って私に説明した。

結局、彼は成田空港に5泊し、仙台で合宿していた後輩たちと一緒に16日の便でモンゴルにUターンした。山形に戻ったのは4月になってからだ。

東日本大震災の余波は、いろいろある。国費留学で来日し、東北大に入学が決まっていた男性は、地震後、ほかの大学に希望を変えた。宮城教育大の女性は、地震後に中退しモンゴルに帰国した。

そんな中、「日本に行ったら地震を体験したい」と思っていたオドバヤルは、想定外の体験に変わっても、予定通り福島大に入学した。彼は大学院に進学したとき、福島市で英会話教室を起業した。語学力を生かし通訳業もしている。日本人と結婚し、子もできた。すっかり福島市民だ。私が福島県知事なら、表彰したくなるような頑張り屋さんだ。

(東日本大震災のときモンゴル人はどう行動したかについて詳しくは拙著「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」の第3章「閖上(ゆりあげ)の海」をご覧ください)


▽森修 もり・しゅう 


1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

現代の大横綱であるモンゴル出身の白鵬関には、江戸時代の大横綱の谷風が重なります。
それはあたかも、英雄の魂が時空を超えて乗り移ったかのようです。

1.谷風〜江戸時代の二人の大横綱〜

谷風- 谷風梶之助 - には、初代と二代目がいます。

初代谷風(1693-1736)
宮城県蔵王町宮の刈田嶺神社(別名白鳥大明神)の門前に生まれました。
その後、白石城の城主である片倉家がうしろだてとなり、江戸の大相撲で大活躍しています。
当時の相撲の最高位は、横綱でなく大関でした。
初代谷風は、9年間無敗という現在も破られていない大記録を打ちたてました。
そのため、二代目谷風とともに、「横綱の中の横綱」と讃えられています。

二代目谷風(1750-1795)
初代と同じ宮城県の、仙台市若林区霞目に生まれました。
霞目には、二代目谷風が生まれる時代より少し前に建立された、浪分神社があります。
(このことは後述します。)
江戸の大相撲では63連勝、一敗した後、43連勝。
江戸・京都・大阪の相撲でいえば、実に98連勝という、前人未到の記録を成し遂げています。
優しくおごらず誠実な人柄と、当時の江戸相撲に横行していた八百長の悪習を、自らの無双の力をもって駆逐し、江戸相撲の黄金期を築き上げました。
しかし、「二代目谷風の1敗は八百長に乗ったから」という実も蓋もないような説話が、なぜか人情話として流布しています。
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二代目谷風の銅像は最高の敬意をもって、宮城県仙台市の勾当台公園に立てられています。

2.白鵬と谷風をむすぶ共通点
白鵬関と2人の谷風関には、偶然にしてはあまりにも多い共通点がいくつもあります。

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初代谷風が生まれたのは、刈田嶺神社、別名、白鳥大明神の門前です。
さらに、勝田峰神社は白鳳年間に、山岳信仰の流れを組む蔵王大権現と呼ばれています。
初代谷風の実力を評価しうしろだてとなったのは、白石城の城主である片倉家でした。

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初代谷風、二代目谷風ともに、出身は宮城でした。
白鵬関の所属する相撲部屋は、宮城野部屋です。

「八百長の時代」の偶然
二代目谷風関が取り組んだのは、相撲界の一新、わけても八百長の撲滅でした。
おりしも、白鵬関が横綱になってから、大相撲の世界では八百長問題が噴出しました。
このとき、特に深刻な被害を受けたのはモンゴル国出身の力士たちでした。
南モンゴルの蒼国来関は身の潔白を裁判で証明し、大相撲の土俵に復帰できましたが、濡れ衣を着せられたまま引退していったモンゴル人力士達は、少なくはありません。

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東日本大震災発生時、大相撲の世界で1日でも早く被災地を見舞い炊き出しを行いたいと懇願されたのは、他ならぬ白鵬関でした。
二代目谷風の出身地に建立されていた浪分神社は、歴史上の大津波の到達点を示し、ここより下に民家を建ててはならないという警告し、民衆を護ってきた神社でした。

テ本の公(おおやけ)が認める大横綱
大相撲で賭博の横行が発覚した際、日本相撲協会は、無実の白鵬関も花札をやっていたことにし、その年の天皇賜杯を中止しました。
この時、優勝した白鵬関は、大粒の涙を流し、天皇賜杯が手に出来ない辛さを口にすることで、自らの身の潔白を、全身全霊で訴えました。
今上天皇陛下は白鵬関に、優勝を讃え、苦境に耐えたことへのねぎらいのお手紙を届けました。
このことは、日本が公に、白鵬関を大横綱として認めたことを意味する、非常に大きな意味を有しています。

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東日本大震災からの復興を祈願し、横綱土俵入りをご披露される白鵬関。
2013年8月5日。
(日馬富士関は、同日に南相馬市で横綱土俵入りをご披露くださいました。)

平成の大横綱、モンゴルの白鵬関。
江戸の大横綱、宮城の谷風関。
時空を超越して、英雄たちが重なり合っています。


参照Web:
上を向いて笑顔で…福島で復興願い横綱土俵入り
読売新聞(2013.08.05)
http://www.yomiuri.co.jp/sports/sumo/news/20130805-OYT1T00597.htm

白鵬が26度目優勝 歴代単独3位、外国出身で最多

日本経済新聞(2013.07.19)
http://www.nikkei.com/article/DGXNSSXKF0597_Z10C13A7000000/

初代谷風の郷愁
傑山寺
http://www.kessanji.jp/history/tanikaze.html

谷風梶之助(二代)
Wikipedia日本語
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E9%A2%A8%E6%A2%B6%E4%B9%8B%E5%8A%A9_%282%E4%BB%A3%29

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@毎度、編集長のモリンホールです。 

2013年モンゴル相撲大会in仙台のお知らせです。

5月は東京でハワリンバヤル、仙台ではモンゴル相撲大会、
これもアベノミクスの効果?


日時: 5月5日(日)9:00〜16:00
場所: 榴ヶ岡公園
住所: 宮城県仙台市宮城野区五輪1丁目 
参加: 無料

モンゴル相撲、モンゴル料理手作り体験、モンゴル衣装の試着体験、
モリン・ホールの演奏、モンゴル伝統舞踊、
ファッション・ショー、子供の遊び、写真展示、お土産、記念品販売等があります。

東北の方是非、モンゴルを体験しに行ってみてください。

先月から毎週仙台に出張しています。

仙台と言えばやっぱり牛タンですが、今回行った店は海鮮類だった。

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生ものは今だに抵抗がありますが、
同僚達に進められて食べたら以外と美味しかった。 

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