モンゴル情報クローズアップ!

モンゴルの文化、ビジネス、投資、観光、最新話題など幅広い情報をお届けします。(通称:モンゴルなう)

タグ:ウランバール

22472607_1865054603824174_1033475889_n
このブログに初めて投稿させていただきます。
私はロシア連邦ブリヤート共和国に今年8月から留学している大学生です。 「あれ、モンゴルじゃなくてロシアなのに『モンゴル情報』なの?」とお思いの方、 ちょっと異色な『モンゴル情報』、お時間があればお読みいただけると嬉しいです。

皆さんは「ブリヤート」という単語を聞いたことがありますか? ブリヤートはモンゴル系の民族の一つであり、 主にロシア(シベリア)、モンゴル国、中国の内モンゴル自治区に暮らしています。 伝統的な言語はブリヤート語で、モンゴル語ととても良く似ています。 現在ブリヤート共和国ではロシア語が主に利用されており、 若い人の中にはブリヤート語が話せない人も多くいます。
image
ブリヤート共和国はロシア連邦を構成する地域の一つで、 シベリアのバイカル湖の東側、モンゴル国の北側に位置しています。 ブリヤート共和国の歴史を簡単にまとめると、以下のようになります。 1206年にブリヤートはモンゴル帝国の流れに入り、16世紀以降はロシア帝国がこの地に進出し、 1689年ネルチンスク条約でロシア領となりました。その後ソ連を経て現在のブリヤート共和国となりました。

さて、ここからは私自身が見たものや考えたことを書いていこうと思います。
一大学生の考えたことのため、知識不足や間違いなどを見つけたら ご指摘いただけると大変助かります…! まず、紹介が遅れましたが私は日本でモンゴル語を専攻している者です。 モンゴルについて勉強するうちに、ロシアの中のモンゴル系の民族ブリヤートについて気になり、 遂に留学まで至りました。
22414708_1865054593824175_2142526084_n
私の住んでいる場所はブリヤート共和国の首都ウラン・ウデです。 留学前に、ブリヤート人よりロシア人のほうが多いと聞いていたのですが 少なくともウラン・ウデではブリヤート人・ロシア人が半々に見えます。 地方はロシア人が多いのでしょうか? ハーフの人も割とよく見かけますが、街を歩くカップルはブリヤート人同士、 ロシア人同士が多いです。
22414456_1865054613824173_989815621_n
建築は、公共の建物や住宅はロシア風であることがほとんどです。 郊外も、モンゴルではよくみられる移動式住居ゲルはなくほぼすべて木でできた固定住居で、 現在は遊牧文化はないように感じました。

・ブリヤート語使用について感じたこと
上記でも書いた通り若い人はブリヤート語を使わない・使えない人が結構います。 しかし、私の通う大学のモンゴル語科のブリヤート人の女の子数人はブリヤート語を流暢に話し、 街を歩くと20代後半と思しき女性がブリヤート語で電話をするのを見かけたり、 ブリヤート料理を出す小さいカフェでモンゴル語を使って注文してみたところ レジ係の50歳過ぎの女性がブリヤート語で会計をしてくれたりと、 話者数は減っているものの、ブリヤート語は生きている言葉だと感じました。 ブリヤート語を話せないという人たちも、小さい頃はブリヤート語を話していた、とか 喋れないけど何を言っているかは少しわかる、とか 全くブリヤート語に触れてこなかった人はあまりいないのかなと思います。

そしてもう一つ面白いことがあります。 ブリヤート語で彼らが話すとき、ロシア語が混ざることがよく見られます。 実例を挙げると、寮の掃除係のおばさんは「2人の中国人女性」を ”хоёр китаянка” хоёр=モンゴル語で「2(の)」、китаянка=ロシア語で「中国人女性」 と言っていました。また、「そして」や「しかし」などの接続詞はロシア語でした。 ロシア語の影響は強いようです。

・ブリヤート人って自分たちを何人と思っているの?
私自身も結構攻めた質問だと思っています。 とてもデリケートな問題なので気軽に聞いていいものではないことも分かっています。 しかし、これを知りたいと思ったのが留学する大きなきっかけとなったので、 出会ったブリヤート人の方々にたまに質問しています。 答えは人によりまちまちですが、今までに聞いたものは ・モンゴルとは全くべつの民族とは思わないが、少し異なったものと捉えている ・ロシア人かブリヤート人かと聞くと、ブリヤート人と答える (会話で「ロシア人」という言葉は、ロシアに住んでる人というよりスラブ系の人たちを指すことが多い) ・ブリヤート語を話せないのは残念に感じており、いつか学びたいと思っている …などのような意見でした。 ブリヤート人とブリヤートの文化について話すと、 彼らは自分たちの文化に誇りを持っているのだなあと感じることが多くあり なぜだか聞いている私も嬉しく思います。

以上が、留学して一ヶ月強の間に見聞きしたり、感じたことです。
9月に雪が降ったり、最近は5度を下回ることがほとんどで少し厳しい気候ではありますが、 楽しく暮らしています。 留学を終える来年2月までに、もっとブリヤートの歴史・文化について勉強したいと思います。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



2017-03-03-18-51-20
毎度、編集長のタケシです。
人生初蒙古タンメン中本に挑戦しました。

挑戦という言葉に注意を!
日本のラーメンは美味しくて、食べるのが好きです。
その中でも僕は家系のコッテリラーメンが大好きです。

昔、大阪の門真に住んでいた時に天下一品という店で半年間バイトしたことがあります。あの時はスープ全部飲み干してたけどね。明らかに太り始めたので、ラーメンをあまり食べないようにしました。今は月二回ほどかな。

ずっと前から、気になっていた蒙古タンメン中本へついに行ってきました。

辛(から)くて、辛(つら)くてマジ無理でした。
北方生まれなのに辛いのは苦手です。韓国料理とか、タイ料理とか基本辛いからあまり食べないのですが、蒙古タンメン中本の辛さは恐らくそれらの数十倍です。

日本に数多く「モンゴルに関係ないモンゴル」が存在しています。
蒙古タンメン中本のどこがモンゴルかよ?!
無理やりにモンゴルというキーワードを探しても見つからなかったです。(汗→ハンではなくあせの方w)

今後、ゆっくり時間をかけて全て挑戦していきたいと思います。
あなたの周りにも、これがモンゴル?へんじゃない?という情報あったらぜひコメントしてくださいね。 

2017-03-03-18-56-03

▲蒙古タンメン中本はインスタントラーメンも発売しているよ!



モンゴルに関係ないモンゴル!?

ベビースターラーメン

モンゴ流シャンプーとモンゴルの関係とは?

セーブ・ザ・チルドレンは、昨年に続くモンゴル特有の寒雪害「ゾド」により「モンゴルの遊牧民は、今後予想される家畜の大量死に備えながら、食料を購入するためにさらに借金をし、家畜を低価格で売り、食事を抜いている」と、警告します。
モンゴル大雪

夏の干ばつによる牧草の欠乏に始まり、冬の大雪とマイナス40度以下の極寒が続くモンゴル特有の寒雪害「ゾド」により、すでに4万頭以上の家畜が死んでいます。                                   

セーブ・ザ・チルドレンのモンゴル事務所代表豊田光明は、この状況に警鐘を鳴らします。
「気温がマイナス50度近くにまで下がり、極めて厳しい冬を迎えています。国土の四分の三以上が雪に覆われています。

こうした人道危機においては、貧しい人々が最も苦しい思いをするものですが、今モンゴルでは、昨年の「ゾド」で多くの家畜を失った家族が、厳しい状況に直面しています。昨年、家畜の半数以上を失った家族が、今回のゾドでさらに大量の家畜を失えば、もはや遊牧で生計を立てることはできなくなるでしょう。

「ゾド」の影響を受けたコミュニティへの支援を通じて、私たちは、遊牧民が食料を購入するためにさらに借金をしたり、親族から食料をもらったりしていることを把握しています。十分な食事をせずに何日も暮らしている人々がいる一方で、何とか収入を得るために、市場価格よりも安く家畜を売っている人もいます。

越冬用の飼料が底を尽き、家畜が体力を消耗している春先には、1日で数万頭の家畜が死ぬこともありますが、春を迎える前にすでに大量の家畜が死んでいます。これは憂慮すべき事態です。何千世帯もの遊牧民が、ギリギリの生活をしています」

昨年は、100万頭以上が死にましたが、2010年のゾドでは、800万頭もの家畜が犠牲になりました。

気候変動の影響と頻発するゾドのため、過去30年間で50万人を超える遊牧民が首都ウランバートルに移住しています。特に、わずかな家畜しか飼育していない最も脆弱な立場の遊牧民が、伝統的な遊牧生活をあきらめ、職とより良い暮らしを求めて都市に移住してきますが、都市で職を得るための技能などがないため、職に就けずに終わってしまいます。

セーブ・ザ・チルドレンは昨年に引き続き、ゾドで深刻な被害を受けた多くの地域で活動をおこない、緊急支援として、家畜を守るための干し草や栄養剤などを含む家畜パッケージの提供、家畜の世話のために学校を休みがちな遊牧民の子どもたちへの補習授業の実施、さらには防寒着や生活必需品購入のための現金支給などを行います。

<セーブ・ザ・チルドレン概要>
セーブ・ザ・チルドレンは、すべての子どもにとって、生きる、育つ、守られる、参加する、「子どもの権利」が実現されている世界を目指して活動する子ども支援の国際NGOです。1919年に英国で設立され、現在、日本を含む29の国と地域の独立したメンバーが連携し、約120ヶ国で子ども支援活動を展開しています。
 

↑このページのトップヘ