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カテゴリ: 歴史

日本 内モンゴル 関係

毎度、編集長のタケシです。
先日、非常に興味深い本「日本の対内モンゴル政策の研究 内モンゴル自治運動と日本外交1933-1945年」が出版されました。著者は国際教養大学助教のガンバガナ先生です。

気になるその内容とは?
本書では、日露戦争後の東北アジア地域における日露の勢力争いの中で生まれたいわゆる「満蒙問題」が、1911年の外モンゴルの事実上の独立と1932年の「満洲国」の成立により、どのようにして「蒙古問題」として内モンゴルに移行し、さらにそれが、どのようにして史上最大の激動の時代20世紀前半の国際社会のダイナミックな変動の中に組み込まれていったのかを詳述している。1930年代に起きた内モンゴル自治運動とそれに対する日本の外交政策に焦点をあてながら検討し、それによって、当時の国際社会における内モンゴル問題の多元的な諸相を明らかにした。

私も早速アマゾンで注文しました。読んだらまた紹介します。
 



毎度、編集長のタケシです。
宮脇淳子先生の世界史のはじまり モンゴルを学ぼう!シリーズ動画が今日で最終回になるそうです。このシリーズ面白くて、モンゴルの歴史を習ういいきっかげになりました。

最近、ビジネスでいろんな方に会う度に最初の話はモンゴルや相撲に関する世間話で始まったりします。モンゴルにめちゃくちゃ詳しい人と話をする時についていくのも精一杯です。(汗)(←ハーンではありません。w)モンゴル人なのにもっとモンゴル歴史に詳しくならないと反省しています。

遊牧民の歴史って遠い昔のことではないんだよね。
図書館で集中で月に数冊は読みたいと思っています。

みんなご存知だと思いますが、この動画の話に出るウラジオストクというのは、1860年のアロー号戦争のどさくさにロシアが清朝から沿海州を奪い軍港を作り、ウラジオストクと名付けたんです。ウラジオストックの意味は「東を征服せよ」という意味らしいです。

皆様こんにちは。ひでです。

3/2付のロシアの通信社「スプートニク(SPUTNIK)」に衝撃のニュースが!?

ウクライナ モンゴルに13世紀の「タタールのくびき」の補償を要求!?
 http://jp.sputniknews.com/europe/20160302/1706899.html#ixzz41kvHgpJ9


ニュースによると、モスクワ駐在モンゴル大使館のナムスライ報道官が、この件(補償)について、ウクライナ政府当局から公式書簡を「受け取った」との事。

もっとも、「スプートニク」はもと「モスクワ放送(ロシアの声)」であり、100%ロシア政府寄りの報道しか行わないのが常なので、このように対立しているウクライナの「マイナス面」を強調する嫌いはありますので、ある程度割り引いて見る必要はあります。

ただ、このニュース、100%検討違いとも思えません。

何故なら、ウクライナ人には「私たちこそ本物のルーシー(ロシア人)である」というアイデンティティがあるからです。

2年前に私がこのキエフ・ルーシーについて書いた寄稿があるので、ご参考にしていただければ幸いです。
「モンゴル・タタールのくびきとキエフ・ルーシー継承権」
http://mongol.blog.jp/2014/03/06/51786940

今後もこのニュース、どうなるか推移を見守ってゆきたいと思います。

(寄稿者:ひで)


出典 チャンネルくらら


毎度、編集長のタケシです。
モンゴル通の宮脇淳子先生の動画のシェアです。モンゴル帝国がロシアを支配してた時代を「タタールのくびき」と言うようです。なぜ、そうなったかというと:

モンゴル帝国のバトゥの西方遠征によって、1240年にキエフ公国が滅ぼされてから、1480年に独立を回復するまでの約240年続いた、ロシアがモンゴル人の支配を受けていた時代のこと。「くびき(軛)」とは牛や馬を御する時にその首に付ける道具。つまりロシアがモンゴルに押さえつけられていた時代、という意味となる。
(引用 世界史の窓より)




出典 チャンネルくらら

毎度、編集長のタケシです。
今日はチャンネルくらら配信の宮脇淳子先生の話をシェアします。

オスマン帝国とは、1299年から1922年までの約600年間、アナトリア、バルカン両半島を中心として栄えたイスラーム国です。国名の由来は、建国者の一族がトルコ人のオスマン族だったからです。トルコ人はもともとはモンゴル高原から中央アジアに遊牧し、長い歳月をかけ更にイスラムの国西へ移動したわけなので、オスマン家はモンゴル軍出身じゃないかと話は歴史的な背景から見ればその可能性は十分あると思います。
 

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