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カテゴリ: モンゴル・歴史

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スキタイは、名前の知られている騎馬遊牧民としては最も古い存在の一つで、カフカスと黒海北方の草原地帯にあらわれた。

一方、モンゴル帝国の原型とも言われる匈奴は、東アジアにあらわれ、当時の中国の漢に匹敵するほどの存在であった。

このスキタイと匈奴というユーラシア大陸草原部に出現した騎馬遊牧民の歴史が本書には分かりやすく書かれています。


スキタイや匈奴などの騎馬遊牧民は文字を持たなかったため、自らの歴史を記録することがなく、暮らしぶりや習俗は名文家に書き留められることになった。

スキタイの住む黒海北岸へ旅を続けたヘロドトスと漢にいた司馬遷である。


ヘロドトスと司馬遷が語るスキタイと匈奴の風俗習慣は驚くほど似ていて、スキタイと匈奴が似ているのは偶然ではなく、ユーラシアの自然環境が彼らの登場する条件の整っていたことがよくわかる。

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スキタイや匈奴は国家を持たず、文字も持たない自然界に直結した極めて柔軟な流動性のある習俗、生活をしていたが、素晴らしい金細工の装飾品を残している。


現在、ロシアのエルミタージュ美術館の展示室には、スキタイの動物文様で装飾された工芸品が展示され、好評を博している。


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また、農耕社会と遊牧社会を対比して記載されていることも興味深い。


例えば、農耕社会で使用している衣類の素材は遊牧社会では通用しない。とか、家畜の役割。など、遊牧民の自然環境に合わせた人間の知恵やたくましさといったものも本書を通して見えてきます。

家畜の役割として、羊、ヤギは食肉を確保するためだけでなく毛皮は防寒着として役に立ち、乳からはチーズやバターなどの様々な乳製品を作り出すことが出来る。
また、羊肉は全くの生肉で食べられることも遊牧生活に向いている。

これらのことから、遊牧は最も環境にやさしい生活様式であるとも言える。といった
ような遊牧民の生活についても記載されています。



「スキタイと匈奴 遊牧の文明」は専門的な書ではなく、一般読者向けに親切な文章で書かれているため読みやすく、本が苦手という人にも興味を持って騎馬遊牧民を理解してもらえるのではないかと思います。


スキタイと匈奴という歴史にも有名な騎馬遊牧民を通して、広大なユーラシアの大草原で生きていく知恵や強さとともに、定住者とは異なった人生哲学を持っていた騎馬遊牧民の足跡を辿るのにもおすすめの一冊だと感じました。



まんじ
▲モンゴルのラッパーのこの卍(まんじ)記号が問題なのか?


毎度、編集長のタケシです。

非常に愚かな事件が起きました、これにはひとこと言わせてください。

AFPニュースの記事によると、モンゴルの有名ラッパーKhar Sarnaiのアムラーさんが、「まんじ」の記号が入った衣装でパフォーマンスをしたことで、ロシア外交官に殴打され、意識不明になったそうです。

モンゴルの有名ラッパー、ロシア外交官から暴行か
http://www.afpbb.com/articles/-/3110103?pid=18524669

2016年12月03日 20:50 発信地:ウランバートル/モンゴル

そもそも、まんじマークとナチスマークの違いとは?

1.まんじとは?

卍(まんじ)とは、ヒンドゥー教や仏教で用いられる吉祥の印であるとともに、日本では仏教を象徴する記号としてよく知られ、漢字であり家紋でもある。(wikipediaより)
 
まんじには、左卍と右卐があり、日本では左卍が多く見られます。
 
  まんじ 根津神社
▲根津神社にある卍

Swastika
▲浅草寺にある卍 (写真 wikipedia)


2.ナチスとは?

ナチス ヒトラー
▲ナチスに関しては情報たくさんあるのでここでは省略します。

2.モンゴルにおけるまんじの存在とは?

シャーマン まんじ1
▲シャーマンの言葉を翻訳する方と思われる、服に卍

シャーマン まんじ2
▲シャーマンの太鼓にも卍

モンゴルはチベット由来の仏教を信奉している人が多い。モンゴル人にとって、卍は幸運の象徴であります。


▲Har Sarnai Amaraa - Turiin Duulal 

アムラーさんの動画はYouTubeでもたくさんUPされています。今回の衣装はこの動画の衣装と同じかどうかは分かりません、まんじ(卍)はモンゴルの仏教と深く関連しており、ナチスドイツが世間に知らせる前、はるか昔から使われいます。 

外交官にいたる人間は、特に他国の文化や風習を尊重するべきです。二度と同じようなことが起きないためにロシア側にきちんと処分とモンゴル国民謝って欲しいところです。

ダライラム モンゴルを訪問の様子(写真)
http://mongol.blog.jp/2016/11/20/51916379 
 
仏教寺院のシンボル「卍」を日本地図から削除することに反対します!

みなさま、お元気でおられますでしょうか。
宮崎サルゲイです。 
前回の寄稿からずいぶん経ってしまいまして、続きはいったいどうなったんだ?
などとお考えの向きもあろうかと存じますが、ここはやはりひとつ日本人は日本人らしく水に流し、
忍耐強く、勤勉にいきたいところです。

さて、勤勉な私はあるときネットで調べ物をしていました。
そしたら、ウィキペディアの「ムガル帝国」のページに行きあたりました。
懐かしい!
子どもの頃、世界史で習いましたよね。
「インドは昔ムガル帝国という名前でした。」とかなんとか。

で、そのページにはこんなことが書いてあるではありませんかッ!!!

「「ムガル」とは、モンゴルを意味するペルシア語の「ムグール」の短縮した読みであるムグルが、ムガルに転訛したものである。すなわち、「ムガル帝国」とは「モンゴル人の帝国」という意味の国名になるが、これは飽くまでも他称である。」

はぃぃぃぃぃ?????

あのね、ちょっとそんなこと言っちゃったら、
ムガル帝国=モンゴル帝国
になっちゃうでしょーが。
インド=モンゴル
になっちゃうでしょーが。

スーテーチェー飲んでチャンスンマフ食べてるインド人なんて見たことないわよーーーーーッ!


いや、しかし、皆の者、落ち着け。
ウィキペディアたるもの、そうそういい加減なことも書かないでしょう。

あちこちよーく見てみました。
そしたら、ムガル帝国の創始者バーブルは、父方はティムール朝の王族でしたが、母方がチャガタイハーンを祖とするテュルク・モンゴル系の遊牧貴族だったのでした。
Babur_of_India
バーブル皇帝

さらに帝国を維持していくにあたって、モンゴル式の支配体制を取り込んだそう。

そんなこんなで、たとえば日本を海外の人たちがジャパンとか、ヤポンとか、イルボンなどと呼び、それを日本が認めているのと同様に、インドはムガル帝国と呼ばせていたようなのです。

curry
この場を借りてはっきり言っておきたい。。。
ほとんどのインド人はカレーを食べない。
カレーはインドのごく一部の地域の料理。
それをたまたま見たイギリス人がインド料理として世界中に
広めちゃったのでした。

あぁ、びっくりした〜
インドとモンゴルの間には、こんな関係もあったのね〜〜〜

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