モンゴル情報クローズアップ!

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カテゴリ: モンゴルに関する本

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毎度、編集長のタケシです。
今年の夏にモンゴル及びチンギスハーンに関する本を数冊読みました。最近やっと落ち着いてきたので簡単に紹介したいと思います。
 
「モンゴル遊牧図譜」 
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今日皆さんに紹介するのは梅棹忠夫が書いた「回想のモンゴル」です。これは終戦直前(1944年)に、梅棹さんの草原における牧畜の研究目的でモンゴルに派遣され、現地で見たもの、体験した話を書いてある話です。ここでいうモンゴルは、今の内モンゴル及びその周辺地を指しています。

カルピスの創業者三島海雲が内モンゴルを訪れたのは1908年頃なので、それから36年後の話です。いろいろ地名や役職名がたくさん出るのですが、今は影も見つからないというほど「変わった」というより「失った」と言った方が適切でしょう。

この本の一番評価すべきところは「モンゴル遊牧図譜」です。
分かりやすい図と丁寧な説明、私が子供の時に見てた家具だったり、道具だったり、非常に貴重な記録です。内モンゴルの小中校の教科書に載せれるくらいの価値があります。最近の内モンゴルでは、街の看板・商品の説明文から学校の教科書まで、モンゴル文字は誤字、脱字だらけです。管理監督責任者が漢人なのか、それとも漢化されたモンゴル人なのか、心が痛いです。

本書では、当時の満州国のことだったり、日本が内モンゴルでスパイ養成した話もあって、
かなり面白いです。

戦後、梅棹忠夫が日本に帰国する時に、上記の図など貴重な記録を偽装して、日本に持ち帰ることができたわけです。遊牧文化やモンゴルに関心がある方にはぜひ読んで欲しい一冊です。

回想のモンゴル (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論新社
2011-08-23

「スーホの白い馬」の真実 モンゴル・中国・日本それぞれの姿

毎度、編集長のタケシです。
新書発売のお知らせです。


「スーホの白い馬」の真実 モンゴル・中国・日本それぞれの姿

著者は内モンゴル出身のミンガド・ボラグ氏。

目次

まえがき

●第一部 日本における「スーホの白い馬」の受容

第一章 「スーホの白い馬」の始原を探る
  1 「スーホの白い馬」の原典は何か
  2 「スーホの白い馬」の出典
  3 絵本『スーホの白い馬』の初版年
  4 中国語版「馬頭琴」と「スーホの白い馬」の相違点
  5 「スーホの白い馬」の教科書版と絵本版の表現の違い
  6 「スーホの白い馬」における大塚勇三の役割
  7 「スーホの白い馬」における赤羽末吉の役割

第二章 日本人のモンゴル草原への憧れの産物としての「スーホの白い馬」
  1 チンギス・ハーン廟の壁画の制作に関わった赤羽末吉
  2 チンギス・ハーン廟を巡る日本人とモンゴル人の駆け引き
  3 「スーホの白い馬」ゆかりの地である貝子廟
  4 絵本『スーホの白い馬』にみられる貝子廟地域
  5 絵本『スーホの白い馬』にみられる赤峰地域
  6 赤羽末吉の絵に関する二、三の考察
  7 モンゴル草原を巡る大日本帝国
  8 「スーホの白い馬」ゆかりの地で行われたソ連兵による虐殺
  9 ソ連兵の虐殺を目撃した九才の子ども
  10 モンゴル人の回想に登場する日本人の絵描きは赤羽末吉だった?

第二部 中国による「スーホの白い馬」の改編

第三章 「階級闘争」にすりかえられた中国語版「馬頭琴」
  1 「馬頭琴」のオリジナル話について
  2 モンゴル国で語られている馬頭琴起源伝説「フフー・ナムジル」
  3 白い馬は射殺されたのではない
  4 「馬頭琴」にみられる不自然な点
  5 「馬頭琴」が創作された理由
  6 モンゴルの民間説話にみられる階層対立の代表作
  7 『バルガンサンの物語──殿様をからかった』
  8 スーホは殿様を憎んでいなかった
  9 「階級闘争」の狙いは何だったのか
  10 創作文学としての「馬頭琴」に秘められた「スーホ」という名前の象徴性
  11 創作文学としての「馬頭琴」に隠された隠喩

第四章 共産党政権や市場経済下における内モンゴルの文芸作品
      ──中国語版「馬頭琴」と対比して
  1 階級闘争のプロパガンダに変身したモンゴル民話「アルマスの歌」
  2 「アルマスの歌」のもととなったモンゴル民話
  3 共産党の「賛歌」に変身したモンゴル民謡
  4 「賛歌」のもととなったモンゴル民謡
  5 「資源」として利用されたモンゴル文化「狼圖騰」
  6 モンゴル人が釈然としない文化資源「狼圖騰」

第三部 「スーホの白い馬」に垣間みるモンゴル文化

第五章 民族楽器としての馬頭琴の「誕生物語」
  1 「馬頭琴」という名前は日本人が命名した?
  2 「馬頭琴」は日本人が命名した説を巡る論争
  3 モリン・ホール(馬頭琴)は総称である
  4 馬頭琴の度重なる改良やその歴史的背景
  5 そもそも馬頭琴はシャーマンの道具だった?
  6 馬頭琴はスーホではなく、ボルラダイフーによって作られた?

第六章 「スーホの白い馬」にみられる文化的教育論
  1 白い馬は単なる家畜ではない
  2 白い馬はコンパニオン・アニマルではない
  3 白い馬は「フゥールヒ・アミタン」である
  4 「スーホの白い馬」にみられる「お仕置き論」
  5 家畜は子どもにとって「反面教師」でもある
  6 白い馬の死から学ぶ「いのちの教育」

第四部 「スーホの白い馬」の故郷はいま

第七章 「スーホの白い馬」の故郷から黄砂の発祥地として知られた「モンゴル」
  1 「スーホの白い馬」は中国の話なのか
  2 なぜ「スーホの白い馬」は「中国の北の方、モンゴルには……」と始まるのか
  3 「スーホの白い馬」の故郷から黄砂の発祥地として知られた「モンゴル」
  4 黄砂を引き起こした犯人だとされた「白い馬」たち
  5 黄砂を起こした「真犯人」
  6 草原に砂漠がないと家畜が困る
  7 モンゴル草原では家畜の糞も資源である
  8 黄砂は「白い馬」のせいで起きているんじゃない

まとめとして
あとがき
主な参考・引用文献 


 

今更、「スーホの白い馬」とはなんだっけと思う方はらこちらへ。 

Сайн байна уу? Кайко Такэси сан-гийн музей руу явсан.

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主典:開高健記念館「開高健、モンゴルを駆けた夢」展

茅ケ崎にある開高健氏の記念館に行ってきました。
実は、2007年4月〜10月までに「開高健、モンゴルを駆けた夢」という展示会をやっていたそうです。

「開高健、モンゴルを駆けた夢」展
http://kaiko.jp/kinenkan/exh2007-mongol/

偉大な無物の主 「これであと30 年は生きられる」と、喜んだチンギス・ハーンの墓探しの夢とモンゴルの地。
http://kaiko.jp/kinenkan/exh2007-mongol/01.html
モンゴルのものはモンゴルへ モンゴルでの開高健。その活動と現地の人々との交流を写真と道具で綴る。
http://kaiko.jp/kinenkan/exh2007-mongol/02.html
オーパ、あるいは愚かな旅人
http://kaiko.jp/kinenkan/exh2007-mongol/03.html

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↑記念館の前を通るラチェン通りを歩いていくと、すぐ海が見えます。

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↑サザンオールスターズの『希望の轍』でも有名な、「エボシライン」のモデルとなった烏帽子岩です。JR茅ヶ崎駅の発車メロディーも『希望の轍』です。

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↑「入ってきて人生と叫ぶ 出ていって死と叫ぶ」

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 ↑書斎(Кайко Такэси сан-гийн ажилын өрөө)

以外にも来訪者はちらほらいらっしゃいました。若いカップルもいました。まだ根強い人気があるのだなと思いました。 

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↑コミュニティーバスがわかりやすいです。

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 ↑時間に注意。

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↑芥川授賞式の開高健、サンジャースレンギーン・ゾリク(Санжаасүрэнгийн Зориг)氏になんとなく似ている。

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開高健さんの生きざまは、草原を駆け抜けるように夢を持って突き進むことだったのでは、思われました。

最後は病に伏せて、病院にいるときでも、モンゴルのことを気にかけて鯉渕先生に手紙を送っていたそうです。 1989年58歳という年齢で夭折されました。モンゴルに行ったのは、1986年、1987年、56歳。この年齢になっても夢を持って人生を全うし続けられるか?そういうメッセージが開高健さんから感じられました。

寿屋(現サントリー)の宣伝部に中途採用され、キャッチコピーで才能を発揮し、同時に芥川賞を受賞するまでに至ったる前、旧制中学時代から同人誌時代までの期間は、生活が苦しいものだったそうです。戦後の復興、高度経済成長時期を駆け抜けた行動力は、いまでも通じるものがあると感じています。

開高健 夢駆ける草原
高橋 昇
つり人社
2006-10







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