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カテゴリ: 書評・書籍

堺さんの本
【写真】堺六郎著「シベリアのラーゲリを逃れて―ホロンバイルからシベリアへ」(筑摩書
房)の表紙

 娘が立って行って十能のようなものに牛糞の燠(おき)を置き、その上に香を振りかけて各人に廻してよこした…蒙古の奥地で埃にまみれながら嗅ぐ抹香の匂いは、なんともすがすがしく、心の奥底まで浄化されるような気がした―。

 堺六郎著「シベリアのラーゲリを逃れて―ホロンバイルからシベリアへ」(筑摩書房)の102ページに書かれた一節だ。1944年の暮れ、満洲国の外モンゴル国境地帯。著者は、吹雪の中、ホロンバイル(フルンボイル)大平原のポツンと一軒家のようなモンゴル人の家にたどり着いた。食事でもてなされ、寝ようとしたら、香を焚いてくれた。穏やかな気持ちで眠りにつけるようにとの配慮なのか。

  モンゴル人にとっては当たり前のことかもしれないが、私には、究極の精神文明のように思いながら読んだ。不便な生活を送っていても、客人をもてなす心の余裕を持っている人々は豊かなのではないかと考えてしまう。

 著者は、1918年、福島県喜多方市の生まれ。満洲拓殖公社や兵役を経て、東蒙古株式会社に入社し、ウルシュンを拠点に酒や雑貨の販売をしていた。一方、ハイラル特務機関ウルシュン連絡所の一員として現地の情勢を探る任務もあった。

 この本の前半は、「蒙古放浪」のタイトルで、ホロンバイルの草原の一つ「メヌンタラ」の自然、モンゴル人(バルガ族、ブリヤート族)や満人との交流、そして冒頭のような体験談が次々と描かれる。

 後半は、「シベリアのラーゲリを逃れて」の題で、終戦直前の再応召、日ソ開戦、妻子の死、シベリアでの抑留生活が描かれる。抑留は28歳から40歳まで。著者は「わたしにとっては悪夢のような空白の12年であった。消しゴムで消せるものなら消してしまいたい…」と書いている。

 この本は、ホロンバイルは天国、シベリアは地獄―と対照的に記述し構成したものだと私は思う。

 著者は1956年12月、やっと帰国した。帰国後は、宮城県蔵王町の遠刈田温泉近くでニジマスの養殖場を経営し、この本は1987年に出版された。

 私は50年前、著者の堺さんのニジマス養殖場に2週間、居候したことがある。友人の父親が共同経営者だった関係で、友人と一緒にお世話になった。

 堺さんは、塗炭の苦しみを経験されたせいか、とても穏やかな人だったと記憶している。私たちに、羊肉の塊を塩ゆでした「チャナスンマッハ」をごちそうしてくれた。そのとき、「ジンギスカン焼き、あれは日本料理だ」と説明した。モンゴルについて話すときは、いつも静かな語り口だったが、シベリアの話になると「ロスケ」という言葉を何度も口にした。

 私にとっては初めてのモンゴル話だったが、そのときは、それで終わった。当時の私は、モンゴルよりもシベリア抑留に関心があったと思う。

私がモンゴルについて興味を持ったのは、1998年、山形市で勤務していたとき、モンゴル人の留学生に出会ってからだ。モンゴルの歴史や民俗について自分なりに勉強し始めたとき、堺さんのことを思い出した。仙台に戻って、しばらくしてから、ご自宅を訪ねると、堺さんは入院していた。奥さんによると、来客とお話しできる状態ではないという。この本は、そのとき、奥さんからいただいた。その後、堺さんは他界してしまった。

  もっと早く、元気なうちにお会いして、ホロンバイルの思い出話を、じっくりと聞いておけばよかったと後悔している。

▽森修 もり・しゅう 
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。


草はら
【写真】ミンガド・ボラグ著「草はらに葬られた『日本特務』―日本人による『内モンゴル工作』とモンゴル人による『対日協力』の光と影」(関西学院大学出版会)の表紙

 中国の内モンゴル自治区から日本に来たモンゴル人と話したことがある。モンゴルが北と南に分かれた原因は何だと思うか、私が尋ねたところ、「日本がモンゴルに中途半端にかかわったからですよ」と言われた。
 ミンガド・ボラグ著「草はらに葬られた『日本特務』―日本人による『内モンゴル工作』とモンゴル人による『対日協力』の光と影」(関西学院大学出版会)を読んで、あらためて、その人が話した意味がわかった。
 著者は内モンゴル出身のモンゴル人。本書は、著者の子どものころの体験を基に、著者の家族や関係者に聞き書きしたことをまとめたものである。主に1930年代から60年代、満洲事変から中国の文化大革命のころにかけて、内モンゴルのモンゴル人が、日本人、中国人(漢人)、ロシア人などの間でもみくちゃにされ、肉体的、精神的に大きな打撃をこうむった歴史を振り返っている。
 「日本特務」とは、旧日本軍の特務機関で、現地の情勢を探るとともに、日本の立ち位置を現地の人々に広報する特別の任務を持っていた。モンゴル人も多数参加しており、文化大革命のときは、「日本帝国の走狗」「日本刀をぶら下げたやつら」として、真っ先につるし上げられた。
 本書には、謎に包まれた羊飼いの老人バートルが紹介されている。バートルは、日本語を学び、関東軍の諜報員として、今でいえば高級車に当たる自転車を乗り回す羽振りの良い生活を送っていたが、地雷に触れて片手を失ってからは、反日家に転向し、お陰で文化大革命の荒波からは逃れることができた。その後、過去を隠しながら羊飼いとなり、晩年は飲んだくれの人生を歩みながら「日本がもう一度助けてくれる」ことを妄想する…。
 聞き書きなので、ノンフィクションだ。しかし、私には、まるで映画の一場面のように思えてくる。そんな波乱万丈のモンゴル人が何人も登場する。
 著者は、自らの体験も語っている。モンゴルのことを知りたいという日本人からの電話に出たときのことだ。「私は内モンゴルから来た…」と自己紹介が終わらないうち、向こうから「内モンゴル人ということは、つまり中国人だね。なら会わなくて結構」と言われ、一瞬凍りついたという。
 私は、似たような逆のケースを聞いたことがある。モンゴル国(外モンゴル)から日本に来たモンゴル人留学生は、日本人から「モンゴル人ですか。それなら中国語はわかりますね」と言われたという。日本人の中には、モンゴルと中国の区別がつかない人が多い。
 日本は、日清戦争や日露戦争に勝ち、大陸進出を開始した。そのころ、内モンゴルでは、古来からの遊牧民(モンゴル人)と無断入植の中国人(漢人)の対立が目立ち始めていた。モンゴル人は、日本に協力することで日本語を覚え、教育の機会を得た。特に特務機関による軍事教育を受けたモンゴル人は、強力な武装組織になった。しかし、日本が米国との戦争に負けたことにより、急速にしぼんでしまう。それどころか、文化大革命では、モンゴル人の「対日協力者」は狙い撃ちにされ、多数が殺されてしまう。
 モンゴルが南北に分断されたのは、もちろん、日本のせいではない。米国、英国、ソ連の3国が、第二次世界大戦が終了した後の利害を調整したヤルタ協定(1945年2月)の結果だと思う。
 しかし、この本は、日本や日本人を批判する記述がある一方、行間には、日本に向けた切実な願望もにじんでいる。チベットやウイグルで起きているような問題は、内モンゴルにもある。日本は、旧宗主国の責任として、内モンゴルのモンゴル人の権利や伝統文化を守るために、もっと国際責任を果たしてほしい―と訴えているように私は感じた。

▽森修 もり・しゅう 
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。
草はらに葬られた記憶「日本特務」
ミンガド・ボラグ
関西学院大学出版会
2019-10-10


モンゴル文字の本

毎度、編集長のタケシです。
毎年、恒例の記事です。モンゴルなう!経由で買われた本のトップ5を紹介します。




墓標なき草原――内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録



著者楊海英氏が18年間にわたって研究、調査して書き上げた中国の文化大革命によってモンゴル人の大量虐殺された事実を書かれています。
上、下二冊も上位にランクインしました。





ゼロから話せるモンゴル語



本書は「覚えるフレーズ」「ダイアローグで学んでみよう」「文法編」「ヴィジュアル・モンゴル語」の4つのパートからなって、簡単な表現や受け答えを覚えながらモンゴル語の基本的な体系も理解できるようになっています。

ゼロから話せるモンゴル語
温品 廉三
三修社
2006-04-01


地球の歩き方 モンゴル 2017~2018



この本に関しては特に説明は不要ですよね?当サイトモンゴルなう!もおすすめサイトに紹介されています。




遊牧民から見た世界史



著者はモンゴル史研究の第一人者の杉山正明氏です。
主に中国の歴代王朝と遊牧民の関わりを解説していて、今までの西洋や中華思想で書かれ歴史本と違って遊牧民の視点から書かれてて非常におすすめ。



旅の指さし会話帳16モンゴル



こちらも得に説明は不要かと思います。地球の歩き方と比べて分かりやすい、可愛いイラストがたくさんあるので初めてのモンゴル・内モンゴル行く方は絶対持っていると便利です。
著者の有希子さんとは古い友だちで、昔ツアーのパンフレットの絵も描いてもらったことがあります。






毎度、編集長のタケシです。
久しぶりに宮脇淳子先生がYoutubeで顔出したと思ったらなんと新書の発表でした。
相変わらず辛口で元気そうでした。

映像で「戦争は義務ではなく権利;軍人を出すことによって儲ける、分け取り合戦」であるという話。アメリカと中国の覇権争いをみれば結局今も変わってないなぁと痛感しました。

蒙古襲来


本書の内容紹介

<蒙古襲来>──海を渡ってやって来たのは本当にモンゴル人だったのか!?

一度目の文永の役(1274年)、ニ度目の弘安の役(1281年)で、日本に「蒙古」から大船団で襲来したとされる人々……
彼らを狒雜兇罵桂劼鬚垢詭餌"という、現代のわれわれがイメージする「モンゴル人」と同一と考えるのは間違いである。
史書『元史』『高麗史』には、当時の船員たちの名が記されている。そのほとんどは高麗人である。つまり元王朝=モンゴル人ではないのである。

「元寇を『蒙古襲来』なのだから爛皀鵐乾訖佑来た"と思い込んでいるのと、今の中国、ロシア、朝鮮の実像を正確に把握できないのとは根が同じような気がしています」(著者)

では、元朝はなぜ高麗人をよこしたのか。
「元寇」をフビライ、ひいては世界史的な目線で、元と高麗を舞台として読み解くと、強国モンゴルに取り入り、「元」の日本遠征に自ら名乗りをあげた当時の高麗と現代の朝鮮半島の姿は、いろいろな面でオーバーラップしてくる。
一方、日本は二度の「元寇」から何を学んだのか。対外的に反省しすぎると世界では犲紊"とみなされることを忘れていないだろうか。
本書では、蒙古、高麗、日本、それぞれにとっての「蒙古襲来」の意義と日本人の誤解を、当時の大陸をとりまく真実の歴史から検証する。
中央アジアの遊牧民を中心に、中国からロシアまで幅広く歴史研究をしてきた著者の真骨頂! 

<本書の構成>
第一章 日本人のモンゴル観
第二章 モンゴルとは
第三章 高麗とは
第四章 蒙古襲来前夜
第五章 大陸から見た元寇
終章 その後

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毎度、編集長のタケシです。

今年も残りわずかとなりました。今日は、当サイト「モンゴルなう!」を経由してAmazonで一番買われた本を、ランキング形式で紹介したいと思います。

第1位
なぜか分からないが、1位のこの本は注文数20個です。モンゴルの不動産投資について記事を書いた時に紹介した本だと思います。


第2位
2位も不動産投資に関する本でした。



第3位
やっとモンゴルに関する本がランクイン。これは宮脇淳子先生が以前書いた『朝青龍はなぜ強いのか』の改訂版です。朝青龍の相撲歴史が終わったからタイトルを替えて再出版したと思われます。

第4位
4位は司馬遼太郎さんの著書『モンゴル紀行 』でした。私も何回も読みました。ロングセラーです。
街道をゆく 5 モンゴル紀行 (朝日文庫)
司馬 遼太郎
朝日新聞出版
2008-09-05


第5位
5位は、『モンゴルを知るための65章 』でした。


番外編
本と全く関係ないのですが、一番売れている商品としては多機能変換用フラグでした。ちょっと以外でした。そういえば、「ドルジの絵本」最近あまり売れてないみたいですよ。↓↓↓ぜひ読んで、コメントを残してね。

ドルジの絵本
桜井 たけし
2018-08-20



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