チーズ

日本では乳製品が主食になるというのはちょっと想像しにくいですが、モンゴルの遊牧社会においてはこのように、チャガンイデーもオラーンイデーと同じく重要視されていたのです。

これは以下の例をご覧いただければ、より一層おわかりいただけると思います。
1モンゴル帝国時代、「馬乳税」という税があった。
2ケレイト族が革袋の中に兵士を隠し、馬乳と見せかけてタタール族に献上しこれを討った。
3チンギスハーンが戦争で重傷を負った際、ジャルマが敵陣に乗り込み馬乳を奪って戻りチンギスハーンに飲ませた。
 
●チャガンイデーのマナー、タブー
ger mongol 
次にチャガンイデーに関するマナー、タブーについて見てみます。
モンゴル人にとって白というのは神聖な色であり、チャガンイデーはいつ、誰にでも贈って良いとされています。ちなみにチャガンイデーを贈ることを「手を白く染める」と言います。手のひらを上に向けてチャガンイデーを受け取れば手が白で覆われる、という意味ですね。
 
スーテー茶をつくる水は、専用の容器を持って夜明け前に井戸や川から汲んできます。日が昇ると聖なる力がなくなってしまうと考えられているからです。
 
スーテー茶をつくる前にレンガ茶を砕く作業をしますが、これはゲル(モンゴル遊牧民の移動式住居のこと。「家」という意味もあります)の入り口でホェーモル(図をご覧下さい)を向いて行います。こうしないと入り口から幸運が逃げていってしまうからです。でも井戸のまわりでは行っても良く、こうすると「幸運を招く」ということから、結婚後3年しても子供のできない女性が井戸のまわりでレンガ茶を砕いたりします。


お客さんがゲルに来た時、家の人は最初に必ずスーテー茶とチャガンイデー(食べ物)を一緒に出します。それに対して、お客さんはチャガンイデーを指2本でつまんで食べてはいけません。鳥がついばんでいるように見えるからです。
 
また家の人は、お客さんに「お代わりしますか?」と聞かず直接お茶を注ぎます。
これに関連したモンゴルのことわざで「聞くより入れちゃえ(直訳:こぼしちゃえ)」というものがあります。チャガンイデーはそれだけで一食とし、それ外のものと一緒に食べるのはタブーとされています。特に生肉をお茶に入れるのは厳禁です。だから上で挙げた「油」というのも乳から作った油に限り、植物油や動物の肉の油は入れません。ただモンゴルアムボールソグはチャガンイデーではありませんが一緒に食べて良いことになっています。また干し肉をスーテー茶でぐつぐつ煮込んで食べる「トルグチャエ(直訳:五徳茶)」というものもあります。「肉を牛乳でゆでて食べる」と聞いて最初はびっくりしましたが、意外といけます。
 
チャガンイデーを夜、外に持ち出してはいけません。
どうしても必要がある場合は懐に隠し、外から見えないようにして静かに出かけます。チャガンイデーが入っていた鍋、桶などをひっくり返して置くこともタブーです。これは「財産を捨てている」という動作が連想されるからです。ちなみにモンゴル語の「ホロンゴ」という単語には「財産」「酵母」という2つの意味があります。ここからもチャガンイデーをいかに大切にしているかがわかります。
 
古くなった(まだ飲める)お茶はそのままでは飲まず、お碗にチャガンイデーを入れてからお茶を注ぎます(ところでスーテー茶はコップではなく、必ずお碗で飲みます。草原ツアーなどでスーテー茶を飲んだことのある方、コップでなかったことに気付きましたか?)。古くなり飲めなくなってしまったスーテー茶はさすがに捨てますが、捨て方にも決まりがあります。そこらに適当に捨てる訳ではなく、ゲルから離れた、人も動物もあまり近づかない場所に捨てます。その時に祝詞をあげるのですが、これが「わざと捨てるんじゃないよー、間違ってこぼしちゃったんだよー」という内容です。後で触れますが、家畜を解体する時も「家畜が勝手に死んだんだよー」という祝詞をあげます。祝詞というよりも子供の言い訳のようで可愛いです。

【寄稿者プロフィール】

田中英和
中国語・モンゴル語講師、モリンホールの演奏・講師など。
 
遊牧民から見た世界史 増補版 (日経ビジネス人文庫) [文庫]