鯉渕さんの本

【写真 杆驀漆一さんの著書「騎馬民族の心」

 亜細亜大学の教授や学長を務めた鯉渕信一さんの著書「騎馬民族の心 モンゴルの草原から」(NHKブックス)を読んだ。モンゴルの慣用句、ことわざ、民話、「モンゴル秘史」などを例に引きながら、モンゴルの国柄、国民性を解説している。「なるほど」と思いながら読んだ。
 
 男の喜び、無人の大平原―。モンゴル人の自由な精神を象徴する言葉だ。広漠とした大平原にただひとり、孤独に耐えて家畜を追って生きることは生易しいことではない。危険と隣り合わせだ。しかし、孤高に生きるからこそ、何ものにも頼らない不羈独立の精神を養い、自由を誇りとする遊牧民の気質を生んだようだ―という。
 
 モンゴル国の首都ウランバートル市は人口150万の大都会だ。モンゴルは遊牧文化の国だが、ウランバートルにいて、そんな伝統を感じることはほとんどない。しかし、ちょっと郊外に足を延ばせば、無人の大平原、自分を支配する者のいない大地が広がっている。土地にしがみついて暮らす農耕民族とは違う自由な生活が繰り広げられてきたんだろうなあと、想像できる。
 
 遊牧生活による自給自足の経済は、資本主義経済とは対極にある。究極のシンプルライフとも言われたりしている。この本でも、モノに執着しない、簡素に生きるモンゴル人の価値観を紹介している。
 
 もちろん、時代は変化している。現代の遊牧民は、オートバイにまたがり、ゲルの中でテレビを見て、スマホを操る。しかし、モンゴルの魅力は何かと問われれば、私はやっぱり、孤高に生き、自由を尊ぶ遊牧民が暮らす無人の大平原なのではないかと思う。
 
 モンゴルは、最盛期には世界の五分の三におよぶ広大な版図を持っていた。これは単に馬を駆って、刀を振りかざす勇猛さだけではなし得なかった。合理主義の精神があったからだと鯉渕さんは書いている。遊牧生活で培われた情報力、機動力を駆使し、敵が弱ければ攻め、強ければためらわずに退く柔軟性。兵士10人で組織する「十人長」を基本に、百人長、千人長、万人長と大きくなる軍制もしっかりしていた。
 
 チンギス汗はじめ歴代の汗たちの優れた資質の一つに、異文化に対する寛容さと、高い文化に対する謙虚な尊敬の心をあげることができる(84ページ)。「習俗に従って治めよ」の方針が貫かれたという。武力で制圧してみたものの、あまりにも少数のモンゴル人が、広大な地に広がる圧倒的多数の異民族を統治し続けるのは難しい。宗教が異なるからといって弾圧したりせず、外国人を積極的に登用したりする合理性を持っていた。
 
 モンゴル語は、家畜および牧畜用語に関する語彙の豊かさを誇る言語であることも書かれている。馬の毛色にしても、基本の毛色に、斑紋による違い、頭や鼻、たてがみ、尻尾など部位による分類、年齢や性別による違いもあり、モンゴル人はこれらを詳細に識別しているそうだ。モンゴル人の色彩感にも関係するが、馬に関する言葉はかなり奥が深い。

騎馬民族の心―モンゴルの草原から (NHKブックス)
鯉渕 信一
日本放送出版協会
1992-03T






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星の草原
鯉渕さんの著書には、司馬遼太郎の通訳を務めたブリヤート・モンゴル人のツェベクマさんに聞き書きした「星の草原に帰らん」(NHK出版)もある。ツェベクマさんは、司馬遼太郎の「草原の記」(新潮文庫)のヒロインだが、ロシアに生まれ、中国の内モンゴルからモンゴル国へと移り住む波乱の人生を送ったことが記されており、味わい深い。「草原の記」には鯉渕さんも登場する。「星の草原に帰らん」と合わせて読むと、「草原の記」は、鯉渕さんがいたからこそ世に出たのではないかと思えてくる。

星の草原に帰らん
バルダンギン ツェベクマ
日本放送出版協会
1999-08T



寄稿者ご紹介

森修 もり・しゅう
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。