鯉渕信一
【写真】ハワリンバヤル2022の「モンゴルカレッジ」で講演する鯉渕信一さん=2022年5月4日、東京・練馬区光が丘図書館

 東京・光が丘公園で繰り広げられる「ハワリンバヤル」の企画の一つ「モンゴルカレッジ」は今年、4人が講演した。私は、鯉渕信一・亜細亜大学名誉教授の「長いトンネルを抜けて―国交樹立への道」とJ・ガルバドラッハ(愛称ガラ)新モンゴル学園理事長の「モンゴルを新たにたてなおすための新モンゴル学園の使命」の2話を聞いた。

 鯉渕さんは、1945年の終戦から、モンゴルと日本は、ほとんど没交渉だった歴史を説明しながら「モンゴル語を勉強し、モンゴルに行きたかったが、ビザが下りるのに10年かかった。本当に遠い国だった」と述懐した。

 日モの交渉は、旧ソ連に強制連行されたシベリア抑留者のうち、モンゴルに「分配」された抑留者の中で亡くなった人々の墓参りから始まった。1966年、日本政府の墓参団が訪モし、国交樹立の機運が高まった。

 抑留者の一人で医師の春日行雄さんは、ダンバダルジャーのアムラルト病院で日本人の治療と死者の解剖などにあたった。鯉渕さんは「春日さんが抑留者に墓参を呼びかけるなど奮闘した功績は大きい」と話した。

 1972年、モンゴルと日本は国交を結んだ。翌年、ウランバートルホテルに日本大使館が開設された。鯉渕さんは、開設を手伝い、ホテル内の一室に日章旗を掲げた。

 国交を契機に日本は経済協力の一環として、カシミヤの工場を無償資金で建設し、1981年、操業を開始した。カシミヤの「ゴビ」はモンゴルを代表する企業の一つになっている。

 「ゴビ」の工場は、モンゴル側では、ノモンハン事件(ハルハ川戦争)の賠償と受け止めている。しかし日本側は、賠償ではなく、あくまで経済協力だとしている。鯉渕さんは「建前の相違を、お互い、あうんの呼吸で乗り切った」と解説した。

 日モは国交を結んだが、交流は、それほど進まなかった。しかし、モンゴルは1990年代初め、複数政党制や市場経済を導入するなど自由化が進んだ。その結果、それまでほとんど鎖国状態だった日モの人的交流が深まった。特にモンゴルから日本に留学する若者が激増した。

 新モンゴル学園のガラ理事長は、ウランバートルからオンラインで講演した。ガラさんは、山形大学と東北大学に留学した経験を基に、2000年10月、モンゴル初の3年制の高校「新モンゴル高校」を開校したことを説明した。この学校は、数学、理科、英語、音楽のカリキュラムを、日本を参考に組んでいるほか、制服、給食、部活、成績通知表、三者面談、朝のあいさつ運動など、日本で一般的な教育慣行を多数取り入れている。また第二外国語として日本語を教え、卒業生の中には日本に留学する人が多い。

 新モンゴル高校は、その後、中学校と小学校を併設し、モンゴルで一般的な小中高一貫教育の学校になっている。2014年には大学と日本式の高専を開校し、このころ新モンゴル学園を名乗るようになった。2016年には日本の幼稚園と保育園を合わせた子ども園を開設した。さらに2018年、横綱をやめた日馬富士さんが小中高一貫教育の学校を創設したとき、ガラさんは開校の実務を担い、自ら校長を務めている。

 モンゴルの高専は、新モンゴル高専のほか、モンゴル高専、科学技術大学の付属高専がある。この3校は、日本の高専関係者が開設を働きかけて誕生した経緯がある。当時の文科相のガントゥムルさんは、仙台電波高専(現在は仙台高専)と長岡技科大を卒業しており、日本の教育制度に理解があり、計画は一気に進んだ。

 モンゴルでは、大学やベンチャー企業など、各界で日本留学組が活躍している。そのうち、モンゴルという国を動かしているのは日本留学の経験者という時代がくるかもしれない。

 ガラさんは、講演で「新モンゴル学園の経験を基に、モンゴル全体の教育レベルを高めるように力をつくしたい」と話した。

 日本では、モンゴル人の横綱が5人も誕生している。親方もいる。大相撲の世界でモンゴル人が席けんしていることについて、快く思っていない日本人がいるかもしれない。しかし、モンゴル人の力士が相撲を活性化させた実績を否定することはできないのではないか。

 相撲だけでなく和食も日本文化だ。札幌では、ガラさんの教え子のガラバドラフさんが、和食の板前として頑張っている。彼は、一般的な懐石料理だけでなく、フグやスッポンのコース料理も手がける。これだけの対応力を持つ料理人は日本人でも珍しいのではないか。ガラバドラフさんが和食を極めようと奮闘している姿を見ると、私は「相撲取りだけがモンゴルではない」と言いたくなる。








▽森修 もり・しゅう 
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。

騎馬民族の心―モンゴルの草原から (NHKブックス)
鯉渕 信一
日本放送出版協会
1992-03T


このエントリーをはてなブックマークに追加