福島のオディ

【写真1】福島市の「リングイスト語学スクール」事務所で取材に応じるオドバヤルさん

 福島市で「リングイスト語学スクール」を主宰するモンゴル人のオドバヤル(愛称オディ)さんは、福島市民となって間もなく満10年。仙台で東日本大震災を経験しながら福島大に入学し、大学院も含めて6年間学んだ。学生時代に英会話教室を起業し、通訳業もこなす。日本人の伊藤美穂さんと結婚し「伊藤オディ」を名乗り、昨年12月からは、福島県国際交流協会で週5日、国際交流員として勤務している。

 オドバヤルさんは、ウランバートルの新モンゴル高校(現在は小中高一貫教育学校)を卒業して2011年2月、私費留学を目指して来日、福島大経済経営学類に合格した。その後、4月からの新生活に備えるため、仙台で3月1日から3週間の予定で合宿に入った。合宿には、受験生仲間と引率教員、先輩留学生ら20人が参加していた。 

 3月11日、仙台市の八木山動物公園にいたとき、東日本大震災に遭遇した。オドバヤルさんは、モンゴルを離れるとき、日本に行ったら〆吹雪の中を歩いてみたい△いしいラーメンを食べたいC録未鯊慮海靴燭ぁ修覆匹塙佑┐討い拭モンゴルは地震が少ない。まさに“待望”の地震だった。彼は「ああ地震だ、地震」と喜んだ。しかし、それはとんでもない体験となった。彼は後日、「私は間違ったことをしてしまいました」と合宿を支援していた筆者に反省の弁を語った。

 突発事件により、仙台合宿は中止となり、オドバヤルさんらは、モンゴル政府が手配した飛行機で帰国した。福島大への入学はどうなる? 周囲の人からは反対された。「日本でなくアメリカに行くか」と言われたりもした。でも、オドバヤルさんは、福島大に入学した。「日本に留学すると決めたことを、こんなことで曲げたくはなかった」と彼は言う。

 東日本大震災後、福島大に入学する外国人は激減した。新モンゴル高校の場合、日本に留学する卒業生は多いが、福島大へは、オドバヤルさんに続く人は出ていない。

米山の大会
【写真2】2019年7月、ウランバートルで開かれた米山学友の世界大会で司会を務めるオド
バヤルさん

 オドバヤルさんは、高校生のころ、日本留学を目指して日本語を勉強したが、英語も得意科目だった。そこで福島大の修士課程を終える直前、英会話教室を起業した。現在は、英語のほか中国語、フランス語、モンゴル語などを教える語学学校として、留学生ら5人をアルバイト講師に雇うまでになっている。

 オドバヤルさんは通訳業もしている。福島市内で果物の皮むき機械を製造販売する「アストラ社」が米国、ドイツ、メキシコなどで展示会、商談会を開いたとき、同行して交渉を手伝ってきた。また、福島学院大学の非常勤講師として、週に一回、英会話の授業を受け持っている。

 2019年7月、ウランバートルで、ロータリークラブの米山奨学金を受給した人の集まり「米山学友」の世界大会が開かれたときは、司会者を務めた。モンゴル語、日本語、英語を駆使しながら大役を担った。オドバヤルさんは、福島大の修士課程のとき米山奨学金を受けた米山学友の一人であり、現在は、国際ロータリー第2530地区ローターアクトの代表を務めている。

 世界大会は、オドバヤルさんの恩師であるガルバドラッハ新モンゴル学園理事長が実行委員長を務めた。オドバヤルさんは、福島のロータリークラブ会員と一緒にガイド役として訪モした。事前に訪モ計画を知った恩師は「こっちに来るなら司会やってくれよ」と言って、司会役が決まった。

 オドバヤルさんが主宰する語学学校は、「福島ベース」というコワーキングのためのオフィスの中にある。昨年4月にオープンした新しいオフィスで、起業家を目指す若者たちのたまり場になっている。福島大生のときに起業を計画したオドバヤルさんは、この「福島ベース」のアドバイザーを務めている。

 多方面で活躍するオドバヤルさんに、これからの夢と計画を聞いた。「将来は、モンゴルに帰って政治家になり、外務大臣か教育大臣を目指す」という答えが返ってきた。また「政治の経験を積んだら、次は国連で働きたい」との夢も話した。

 遊牧文化の伝統を持つモンゴル人は、フットワークが軽い。夢は大きく、チャンスがあれば、どこへでも出ていく勢いがある。チンギスハーン、フビライハーンの遺伝子は、現代に生きていると私は思う。

▽森修 もり・しゅう

1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。



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