UBの都市環境
【写真】モンゴルの都市環境の変容をテーマにしたシンポジウムのパンフレット

 ウランバートルはモンゴルではありません―。モンゴル国立大のバトフー教授の言葉だ。モンゴルを知るには、田舎に行かないと駄目だという意味なのだが、東北大で開かれた「モンゴルの都市環境:変容の諸相」と題したシンポジウムを傍聴して、バトフー教授が言ったことを思い出した。教授はオブス県出身の薬草研究者。モンゴルの田舎と都市の落差を肌で感じている一人だと思う。

 シンポジウムは12月14、15日に開かれた。私は初日を傍聴した。モンゴルは遊牧民の国と言われる。しかし、現代のモンゴルは、定着民としての姿が大きくなっている。人口323万人のうち、220万人が都市部で暮らしている。特にウランバートルには150万人が住んでおり、交通渋滞、大気汚染などの問題が深刻化している。

 東北大東北アジア研究センターの岡洋樹教授らは、数年前から、文化人類学、建築学、心理学、地理学、歴史学、都市計画などの研究者や実務家と一緒に「都市としてのモンゴル」の研究を進めている。特にウランバートルのゲル地区が、どのように変容しているかについて、さまざまな角度から迫っている。今回のシンポジウムは、その流れの中で開かれた。

 モンゴルの人口の都市集中は、社会主義から自由主義へ世の中の体制が変わったことが大きい。貧富の格差が広がり、貧困層が職を求めて都市に流れ込んだ。ゾドと呼ばれる自然災害が拍車をかけた。2002年の土地私有化法で、だれでも無償で土地を得ることができるようになったことでも都市への移住が進んだ。

 東京工芸大の八尾廣教授は、「遊牧から定住へ ウランバートルのゲル地区と社会主義時代のアパートに見る定住文化の萌芽」と題して発表した。

 八尾教授は、建築学の立場から、ゲル地区を快適な住宅地に変えるための方策について研究している。ゲル地区の住宅を訪ね、住民の聞き取り調査を行うとともに建物の間取りや屋根、壁、床の構造などを調べている。

 その結果、ハシヤー(柵)内で野菜を作り、木を植え、庭造りを行う住民がおり、中には近隣住民と協力して、ハシャーを取り払い、土地を広く利用したり、歩道に花壇やベンチを設けている事例があることも分かった。

 八尾教授は「住環境を改善しようとする意識の高い住民が増えており、コミュニティー意識が芽生えている」と分析している。一方、建築士の立場から「バイシン(固定家屋)の断熱に関する知識が不足している」とも指摘している。

 自然に囲まれた遊牧生活から、都市での定着した生活へ―。この流れは、だれにも止められない。昔の生活に戻れとも言えないだろう。しかし、それにしても、と私は思ってしまう。

 私は今年10月に訪モしたとき、帰りの飛行機で宮城県石巻市の女性と一緒になり、少しばかり立ち話をした。その人は、旅行会社の企画に参加した初めてのモンゴルだった。私は感想を聞いた。「本当は羊を見たかったんだけど…、見れなかった」との言葉が返ってきた。

 その人は元農家で、昔、自分でも羊を飼っていたという。そこで、いつか羊が群れるモンゴルに行ってみたいと思うようになり、今回、ツアーに応募したのだが、希望はかなわなかった。

 私は、「田舎に行けば、羊、牛、馬、ヤギ、ラクダの五畜と呼ばれる動物がいっぱい見られますよ」と説明したのだが、そう言う私自身、バトフー教授の言葉が胸にひっかかったままだった。

▽森修 もり・しゅう
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。