現在の建物
【写真 朿安Δ世運靴靴なった建物。内部は元のまま荒れているように見える。アムラルト病院の跡とみられる=2019年10月2日撮影
2012年10月
【写真◆杠にも崩れそうな無残な姿をさらす建物=2012年10月7日撮影

 ウランバートルのダンバダルジャー寺院の敷地内に病院の廃墟がある。アムラルト病院だ。昔は、全くの郊外に位置していたせいか、結核患者の療養が多かったようだが、モンゴル抑留の日本人も多く収容された。手当てのかいなく亡くなった日本人は、寺院奥の丘の中腹に埋められた。遺骨は、後に掘り返されて祖国に戻り、跡地に日本人慰霊碑が出来た。
 日本にも深い縁のある病院跡は、長らく、今にも崩れそうな無残な姿をさらしていた。それが、外側だけ新しくなった。私は、昨年9月に訪れたときは、新しく建て替えられたものとばかり思っていた。雨が降っており、車の中から見ただけだったので、中が廃墟のままなのに気付かなかった。
 今年、寺院を訪れたとき、通りがかった坊さんに、病院のことを尋ねたら「病院? 昔あったけど、今はありませんよ」と言われてしまった。
 目の前にある建物は、一見すると新しい。しかし、内部を見ると廃墟だ。なぜなんだろう。診療をやめたのなら、建物は取り壊して、更地にすればいいのにと思ってしまう。もし、建物を記念物とするのなら、ありのままを残して、周りを柵で囲うとかすればいいのにと思う。外側だけ新しくする理由がわからない。
 病院だから、ここで亡くなった人は多いだろう。建物を取り壊さないのは、死者が生まれ変わるのに時間がかかると配慮したのか。それとも、何か「たたり」でもあると恐れて「厚化粧」させているのだろうか。
 私は勘違いしているかもしれない。アムラルト病院について、どなたか解説していただけませんか。




▽森修 もり・しゅう
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。