玄関ホール
【写真 杰轡皀鵐乾詁馬富士学校の玄関ホール。横綱・日馬富士の大きな絵が飾ってある


給食
【写真◆枉学4年生の給食。「いただきます」と日本語であいさつしてから食べ始めた。みんな元気いっぱい

日本語の授業
【写真】日本語の授業。数字の数え方を勉強中。黒板の上には横綱4人の写真が飾ってある

 昨年9月、ウランバートル市に開校した「新モンゴル日馬富士学校」に行った。私は、開校式に出席しているが、1年が経過し、どう変わったのかを見てきた。
 訪れたのは10月1日。この日は、モンゴルの敬老の日だった。この学校では、ガルバドラッハ校長ら55歳以上の教職員6人が「お年寄り」として敬愛されていることを祝う行事が行われた。
会場は、創設者・理事長を務める日馬富士(本名ダワーニャム・ビャンバドルジ)さんの部屋。元横綱は、妻と子供3人とともに東京にいるので、理事長室は、幹部職員の会議や来客の応接に使われている。
 「お年寄り」6人は、入り替わり立ち代わり訪れる先生たちと、握手やほおずりを交わす。馬乳酒で乾杯する。テーブルの上には、学校の食堂で作られた料理が並ぶ。音楽の教員が馬頭琴やホーミーを披露する。ウルジーサイハン副校長ら幹部職員は、モンゴルの歌をうたった。最後に、お茶用のポットを贈られて、おひらき。
 この日は、モンゴル各地で、こんな行事が繰り広げられたようだ。日本とは一味違う敬老の日だった。
 本題に戻る。校舎の建設は続いている。大きくA、B、Cの3棟に分かれており、玄関や教職員室があるA棟は、昨年の開校前に完成した。今年は、体育館、図書館、食堂、喫茶室、実験室、部活室のC棟が完成した。部活室の一角には、相撲の土俵もあるが、まだ全部は出来ていなかった。
 B棟の完成は2021年を予定している。完成すれば小学校が移るという。
 玄関ホールに、校舎の完成模型が飾ってある。上から見ると「H」の文字に見える。これは日馬富士の頭文字だ。モンゴル語で新モンゴルの「シ」と「モ」を表す文字と、横綱の土俵入りのポーズも合わせて表現したデザインだという。
 モンゴルは、小学校5年、中学校4年、高校3年の12年制の小中高一貫教育が一般的。日馬富士学校では、今のところ、小5、中4、高3を除く9学年の1180人の生徒が学んでいる。開校1年で、これだけの生徒数は、人気の高さを表しているようだ。
 1階の玄関奥にある食堂で、1年生と4年生の給食を見せてもらった。生徒たちは、鶏肉、マッシュポテト、野菜サラダが載ったプレートとスープを受け取る。席に着くと、「いただきます」と元気な日本語であいさつして、食べ始めた。「いただきます」の平仮名は、食堂の廊下側のガラスにも書かれている。
 外国語は、英語が必修で、小学5年生から学ぶ。第二外国語は、8年生(中3、日本では中2)からで、日本語、中国語、ロシア語から選択するが、ロシア語の希望者はいないそうだ。
 常勤の教員は73人。このうち日本語教員は5人。全員がモンゴル人。非常勤講師の日本人も、ときどき授業を行うという。事務、施設管理などの職員は32人。
 高校の生徒指導を担当するナサンブルマーさんは「生徒には、あいさつする、尊敬し合う、時間を守る、などの基本的なマナーを、しっかりと身につけさせたい」と言う。
 ガルバドラッハ校長は、2000年、モンゴル初の3年制の高校「新モンゴル高」を創設した。同校は、その後、小中高一貫教育の学校になった。2014年には大学と日本式の高専を創設し、モンゴル有数の私立学園「新モンゴル学園」になった。2016年には、日本の幼稚園と保育園にならった子ども園も開園させた。
 ガルバドラッハさんは、日馬富士さんの「モンゴルの将来を担う人材を育てたい」との熱意に賛同し、学校創設に協力して校長に就任した。日馬富士さんの妻は、新モンゴル高と岩手大を卒業している。
 ナサンブルマーさんは「新モンゴル小中高の輝かしい歴史を吸収して発展させたい。同じ料理でも、家庭によって味が異なるように、これから日馬富士学校としての伝統も築いていきたい」と言う。
 新モンゴル小中高では、毎年8月、日本留学試験対策の夏休み特訓講座「サマースクール」を開いている。今年は、日馬富士学校から72人の生徒と10人の教員が参加した。来年は、独自にサマースクールを開講する予定という。




▽森修 もり・しゅう
1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。