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【写真 朮瀛コンテナを利用した避難小屋。米国の調査チームが設置したという。だれもいない山奥にポツンと置かれた鉄の箱といったところ。

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【写真◆曠丱蹈鵐函璽蹈い糧鯑饐屋の出入り口

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【写真】バロントーロイの避難小屋の奥に飾られたダライラマ14世の写真

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【写真】ボクツの水場近くの避難小屋。山の斜面に埋まるように造ってあり、風や寒さをしのげる

 

 ヒグマの仲間「マザーライ」が生息する大ゴビ特別自然保護区A地区は、青森、岩手、宮城、秋田の4県を合わせたぐらいの広大な地域だ。ゴビアルタイ県バヤントーロイの管理事務所(環境観光省の出先)の職員が巡回するには、避難小屋が欠かせない。私たちも、昼食のため、宿泊のために利用させてもらった。

 バヤントーロイを車で出発し、3時間ほど走らせたところに、貨物コンテナを利用した小屋があった。何もないような山の中に、大きな鉄の箱が、ポツンと置かれた感じ。マザーライを調査する米国チームが設置したという。太陽光パネルがあり、米国チームは、料理に電子レンジを使うと聞いた。水が手に入らない場所なので、パック詰め食品を温めるには電子レンジが便利ということか。

 私たちは、カセット式の卓上コンロを使い、ウランバートルで買ったペットボトルの水をわかし、カップめんと食パン、紅茶の昼食だった。

さらに車を走らせ、バロントーロイの避難小屋に宿泊した。小屋は山の斜面に埋まったように造られている。内部はゲルの形をしており、壁や床には板がはられていた。奥の棚にはダライラマ14世の写真が飾ってあった。チベット仏教の最高指導者の写真は、ほかの避難小屋にもあった。今も飾ってあるのではないか。

中国が眼の敵にするダライラマの写真は、モンゴルでは一般家庭の仏壇などに飾ってある。中国との国境近く、人が住んでいない場所でも、ダライラマは大事にされている。

小屋の中には、遊牧民が使うゲルと同じように、暖房と料理を兼ねるストーブが設置してある。煙突の周りの屋根が開いていて、窓替わりに光が差し込む。ここをふさげば、冬でも大丈夫なようだ。

ストーブの燃料はザグの枯れ枝を使った。ザグはどこにでもあり、車で移動中、落ちている枝を拾い集めた。料理は、ストーブの大鍋で作った。ガイドのツェルムーンが腕を振るってくれた。肉とジャガイモ、キャベツ、タマネギのスープか焼きうどんが多かった。

バロントーロイに2泊、シャルフスに2泊した最後の日、卓上コンロでご飯を炊き、鍋でチャーハンも作ったツェルムーンは、シャルフス小屋周辺野生のニラ見つけてきて、スープ作りの最後に、手でちぎって入れた。彩りが豪華になった感じだった。

(マザーライについて詳しくは拙著「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」第5章「ゴビ砂漠のクマ」をご覧ください)

 

▽森修 もり・しゅう

1950年、仙台市生まれ。元河北新報記者。1998年、山形市で勤務していたとき、たまたま入ったバーでアルバイトしていたモンゴル人の留学生と出会う。以来、モンゴルの魅力に取りつかれ、2005年「モンゴルの日本式高校」、2012年「あんだいつまでも新モンゴル高校と日本」をそれぞれ自費出版。