皆様、こんにちは、ひでです。
久しぶりの寄稿になります。20160714-00059984-roupeiro-000-2-view日本において、およそ200年ぶりに今上陛下の皇太子殿下へのご譲位が来年5月に行われ、元号も平成から新元号に変わります。国民も新元号がなにになるか?実際に国民生活への影響もあることから改めて元号への関心が高くなりました。

ご存じの通り、元号(和暦・年号)発祥の地は隣国・中国です。史上初めての元号は前漢の武帝が使用した「建元」だと言われています。

では、中国を支配したこともあるモンゴルはどうだったのでしょうか?
 
実は中国王朝として一時期元号を使用していました。元代とその末裔である北元時代のことです。
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イェケモンゴルウルス(大モンゴル帝国)が中国を支配した13世紀前半の1271年、モンゴル帝国5代 皇帝(元朝初代皇帝)であるフビライ・ハーン(在位1271〜1294)が大都(北京)に都をおいて中国に君臨します。彼の業績は4年前に書いた寄稿をご参考頂ければ幸いです。
 
○フビライ・ハーン 大都への道
http://mongol.blog.jp/2014/01/23/51782372
○モンゴル帝国の「至宝」 大都
http://mongol.blog.jp/2014/01/30/51783157
 
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フビライは中国を支配するに辺り、中国皇帝として元号を制定しました。

すなわち「中統」です。「中統」と次の「至元」はフビライの年号として比較的有名です。
写真(「華夏古泉網」より転載)の通り「至元通宝」として通貨にもなっています。 

残念ながら出典は不明ですが、「中統」が「中原(中国)統一」、「至元」が「元(王朝)に至る」と容易に想像つきますが如何でしょうか?(出典わかる方がいたらコメントください(笑))

以下、歴代元朝・及び北元の年号の一覧を記載いたします。


1.中統(1260年 - 1264年)
2.至元(1264年 - 1294年)※
3.元貞(1295年 - 1297年)
4.大徳(1297年 - 1307年)
5.至大(1308年 - 1311年)
6.皇慶(1312年 - 1313年)
7.延祐(1314年 - 1320年)
8.至治(1321年 - 1323年)
9.泰定(1324年 - 1328年)
10.致和(1328年)
11.天順(1328年)
12.天暦(1328年 - 1330年)
13.至順(1330年 - 1333年)
14.元統(1333年 - 1335年)
15.至元(1335年 - 1340年)※
16.至正(1341年 - 1368年)

北元
1.至正(1368年 - 1370年)
2.宣光(1371年 - 1379年)
3.天元(1379年 - 1388年)

 
※「至元」はフビライとトゴンテルム(順帝)に2代に渡って2度使用されている。BogdKhan
余談になりますが、元号ではありませんが「無限紀元」によるモンゴル独自の年号としては「共戴紀元」と「チンジスハン紀元」があります。「無限紀元」とは西暦や皇紀(神武紀元)、民国紀元のように無限に続く紀念法の事です。

「共戴紀元」は1912年に清朝から外モンゴルが独立した際のボクト・ハーン(上写真)政権時代、「チンジスハン紀元」は内モンゴルの各自治政府で徳王政権の紀念法として使用されました。

ちなみに現在のモンゴル国、中国の内モンゴル、ロシアのブリヤートは共に西暦のみを使用しています。
 
寄稿:ひで
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