※なかなか厳しいことを書いています。

前に、モンゴルというか旧社会主義の負の面について書きました。

The Economist記事:「嘘つきな共産主義者」(Lying commies)
http://mongol.blog.jp/2016/03/21/51880403

その続編として、梅棹忠夫先生の『文明の生態史観』を読んで、なぜ「遊牧民の草原の地では奪い合いが起こるのか?」について書きたいと思います。

ちなみにこの本はひらがなが多く平易な日本語で書かれていますが、意図してやっているそうです。

文明の生態史観 (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論社
1998-01-18



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↑『文明の生態史観』(中公文庫) p.213図より

文明の生態史観
↑よりわかりやすく表記した図 (出典:ここ

実は、これはモンゴル人からも言われることで、モンゴル人同士でも騙される、奪われるということはよく聞きます。

そもそも、このネタのきっかけは、日本留学・就業経験のあるモンゴル人と食事をしたときの話です。「なんでモンゴルでは奪うことがよく行われるのか?」という話題が挙がりました。そこにいたモンゴル人は30歳手前ぐらいの若い人なのですが、「我々の小さい時(1990年前半頃)は、とにかくモノがなかった。目の前にあるものが、明日にはすぐに無くなることがよくあった。だから、欲しいものはすぐに持っておかないといけないという意識がある。」とのことです。

さらに「食事でも、たくさんたべておかないといけないという意識はあったりする。だから、一回の食べる量は多い。」という話もありました(さすがに、これは個人差があるかと思いますが)。(ちなみに余談ですが、話の流れでなぜモンゴルにはいかつい刺青を入れた若者が多いのか?というと、韓流ドラマが流行る前の2000年ぐらいまでは、ベネズエラなどの南米のドラマがよく放映されていて、それをみて育ったから、だそうです。)

そして、「なぜモンゴル、というか草原の地では奪うことが頻繁に行われるのか?」の答えは「明日、何が起こるかわからない、いま目の前にあるものが明日には無くなっているかもしれない、という厳しい環境であるため、いま目の前にあるものは手に入れておかねばならないという考えがあり、それが時として破壊的行為として行われることがありうる」からではないか?と思われます。

モンゴルから中東にかけた遊牧民地域である、乾燥地帯のことを以下のように記述しています。
「乾燥地帯のまんなかからあらわれてくる人間の集団は、どうしてあれほどはげしい破壊力をしめすことができるのだろうか。わたくしは、わたしの研究者としての経歴を、遊牧民の生態というテーマではじめたのだけれど、いまだにその原因について的確なことをいうことはできない。とにかく、むかしから、なんべんでも、ものすごくむちゃくちゃな連中が、この乾燥した地帯のなかからでてきて、文明の世界を荒らしのようににきぬけていった。そのあと、文明はしばしばいやすことのむつかしい打撃をうける。

遊牧民はその破壊力の主流であり、そのお手本を提供したけれど、破壊力をふるうのは遊牧民とはかぎらない。そののち、乾燥地帯をめぐる文明社会そのもののなかからも、猛烈な暴力が発生するにいたる。北方では、匈奴、モンゴル、ツングース、南方ではイスラーム社会そのものが、暴力の源泉のひとつになる。」(p.124)

ところで、梅棹忠夫先生をご存知でしょうか。モンゴル研究の上で、外せない民俗学者です。

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梅棹忠夫先生

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↑イケメン・・・(出所:ここ

モンゴル語解説:

Үмэсао Тадао
https://www.internom.mn/%D0%B7%D0%BE%D1%85%D0%B8%D0%BE%D0%BB%D1%87/%D2%AF%D0%BC%D1%8D%D1%81%D0%B0%D0%BE-%D1%82%D0%B0%D0%B4%D0%B0%D0%BE/
Үмэсао Тадао
/1920-2010/ 
Японы нэрт угсаатан зүйч, экологич, байгалийн ухааны доктор. 
Япон улс дахь соёлын хүн судлалын үндэс суурийг тавьсан судлаачдын нэг. Осакагийн угсаатны зүйн музейн захирал, Киотогийн Их Сургуулийн профессор. Түүний 1957 онд бичсэн "Соёл иргэншлийн түүхийг экологийн үүднээс авч үзэх нь" хэмээх ном нь соёл иргэншил, хүн төрөлхтөний түүхийн судалгаанд цоо шинэ хандлага, ажиглалтыг оруулж ирснээрээ томоохон байр суурь эзэлдэг. Зохиогч залуудаа монгол хэл сурч, Өвөр Монголд нүүдэлчдийн соёл, антропологийн судалгаа хийж байжээ. Түүний соёл иргэншил, түүхийн судалгаанд монгол нүүдэлчин ахуй, тэдний амьдралын хэв маяг томоохон байр суурийг эзэлдэг. Үмэсао Тадаогийн эрдэм шинжилгээний судалгаа, тэмдэглэл, олон нийтэд зориулсан бүтээлийг 1993 онд нийт 22 боть болгон эмхэтгэн хэвлэжээ.

梅棹先生のすごいところは、70年以上前に内モンゴルに日本軍の研究員として入り、現地でモンゴル語をマスターして馬に乗りながらフィールドワークを実践し、かなり詳細に当時の内モンゴルの生活様式を記録し、敗戦の混乱期にその記録を持ち帰るのに成功し、それを発表したところにあります。その内容は、『回想のモンゴル』に記載されています。

回想のモンゴル (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論新社
2011-08-23


さらに、アフガニスタンにいるモンゴル系の少数民族を世に広めた学者でもあります。


 
実際、モンゴル国立大学には、アフガニスタンからの留学生がいます。なんでも、政府が他国のモンゴル民族を保護する目的でそうしているらしいです。

アフガニスタンなどのイスラム世界では、現代になっても、 モンゴル人のことを恐れ、忌み嫌われているとのことです。理由は、チンギスハーン時代の略奪、殺戮ことを忘れていないからだ、とのことです。特にアフガニスタンではモンゴル民族(モゴール族)の迫害はひどいらしく、それゆえに留学生を受け入れていると聞きました。

あと、実際に前述した日本留学経験のあるモンゴル人から聞いたのですが、イラン・イラクあたりの地域では 小さい子供が泣いた時に、泣きやませるために「モンゴル軍が来て殺されるぞ」と子供をあやすらしいです。いまの時代でもそんなことが行われているのに驚きますが、それだけチンギスハーン帝国が広大で、暴力による支配というイメージがまだ根強いことを明示している話だと思います。(もちろん、チンギスハーンの歴史的評価は改善されてきている、という話もあります。)

Jenghiz Khan well cut
↑ベルギー出身のJenghiz Khanというグループの"WELL CUT"というアルバムのジャケット。1971年の作品。ジャケットの絵が、えぐい・・・。いまこんなアルバム出したら、問題になりそうですが、当時は東西で分かれていて、西側の音楽を聞くことは容易でなかったからできたのかも。

では、厳しい乾燥地帯であるモンゴルという地理的背景があるために、「モンゴルでは奪うことは正当化されるのか?」 というと、そうではないと思います。一応、民主化して20年以上は経ちますし、近代的な法制度を取り入れて、ロシア・中国だけない様々な国と外交関係を持っています。昔の遊牧民族時代とは全く変わってるのは事実だと思います。

しかし、どうしてもモンゴル現地で活動をしていると「なぜモンゴル人にモノを貸すとなくなるのか」「モンゴル人に金は絶対に貸してはならないのはなぜか」という悩ましい事態に直面することがよくあります。何かものを貸してしまうと返却されれない確率は非常に高い、というか返ってくることはほぼありえない、と考えたほうがいいです。貸すということはあげるつもりで考えないといけない、これはモンゴルにいる誰もが口をそろえて言います。韓国に留学した日本人から、ルームメートのモンゴル人にお金を貸したら返ってくることはなかった、という話も聞きました。

なので、モンゴルで貸金業(ローンビジネス)をする際、担保条件は日本よりもかなり厳しく設定されています。

この話をみるとなぜ約束はなかなか守られないか?。 なぜものはなくなるのか?などが、地理的な要因もあるということが見えてくるかもしれません。もしかすると、これはモンゴルだけでなく、カザフスタン、ウズベキスタンなどの他の乾燥地域でも言えるかもしれない、ということも見えてきます。

やはり、内陸国で生きていくというのは、こんなにも大変なのでしょうか。

実際に、ウランバートルで車修理の仕事をしている社長さんが、「俺の仕事は監視カメラをひたすら見ることだ」と言っていました。たしかに、社長室にはおびただしい量のカメラのディスプレイが設置してありました。なぜかというと、修理現場に盗みにくるモンゴル人が多々いるだけでなく、修理に出された車のトランクの中に隠れて、就業後にものを盗みに来る輩もいる、とのことで常に監視をしてないといけない、とのことでした。

・・・・とこれまで散々書いてきたのですが、一方で、こんな指標があります。

World Bank(世界銀行)の"DOING BUSINESS Measuring Business Regulations"を見ると、東アジア・太平洋地域ではけっして悪く無い評価を得ています。
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 (出所:http://www.doingbusiness.org/rankings)

結論としては、モンゴルだけでなくカザフスタンなどの中央アジアの草原の地では、素朴な遊牧民がいるかとおもいきや、草原後ならではの考え方があるということを意識しなければなりません。

その上で、さらに旧社会主義という要素(Lying commiesで前述)が加わるため、この地でビジネスをする、国際援助活動をするというのは、難しい側面があります。

今回はここまで。



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