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羊の解体
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は「モンゴル式羊の解体」

こちらの記事を読む前に前回の記事を読むとより理解が深まるでしょう。
モンゴルの食文化 (1〜3) 

チャガンイデーが乳製品全般を指すのに対し、オラーンイデーは肉に関連する食べ物を指します。
 
モンゴル料理においては、肉の調理法は主に「ゆでる」と「焼く」という2種類がありますが、ほとんどの場合は「ゆでる」という方法がとられ、そのゆで汁もオラーンイデーに含まれます。

日本人の感覚からすると、肉がメインでゆで汁はあまり気にしませんが、モンゴルでは逆で、ゆで汁の方がゆでた肉よりも大事なのです。ですからお客さんを家に招く時のセリフは「ゆで汁を飲みに来て下さい」であり、「肉を食べに来て下さい」とは言いません。そう言うと、お客さんは「つらい目には遭いたくない」となります(モンゴル語の「肉を食べる」という言葉には「つらい目に遭う」という意味があります)。また「新米の医者にかかるよりも新鮮な羊肉のゆで汁を飲め」ということわざもあります。

●家畜を「出す」
先に挙げた「五畜」ですが、その全ての肉を平均的に食べる訳ではありません。一番よく食べるのは羊、次が牛とヤギで、馬とラクダはめったに食べませんが、馬を比較的よく食べる地域もありますし、東部では豚もよく食べたり、と地域差があります

モンゴル人は「きれいな肉」だけを食べ、「汚い肉」は食べません。「きれいな肉」とは食べる目的で殺した家畜の肉のことであり、それ以外の肉、例えば病死や溺死、雷に打たれて死んだ家畜、野獣に襲われて死んだ家畜などの肉はすべて「汚い肉」になります(ただし信仰の厚い人の中には、狼に襲われて死んだ家畜の肉を「罪のない肉」として食べる人もいます)。

また、年老いた家畜、子をたくさん産んだ家畜、群のボス、よく働いてくれた家畜なども食べません。

で、肉を食べるためには当然解体をしなければならず、まずは家畜を殺す所から始まるのですが、ストレートに「殺す」とは言わず、「(家畜を)出す」という言い方をします。これは「家畜の魂を肉体から出す(そして肉体を残す)」といった意味合いがあります。他に「スープを出す」という言い方をすることもありますが、ここまで読み進めて下さった方なら、この理由はもうおわかりですね。

家畜の「出し方」には主に2種類あり、そのうちのひとつ目は家畜を仰向けに寝かせて胸を切り開くという方法です。草原ツアーなどでいらした方の中には、この方法をご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

細かく説明しますと、羊の前足と後足をしっかり押さえて動けないようにし、握りこぶしがひとつ入る程度に胸に切れ目を入れます。次にそこから右手を突っ込み(左手を突っ込んではいけません)、大動脈をちぎります。そうすると1分もたたずに羊は出血多量で死んでしまいます。この方法のメリットは2つあり、ひとつ目は家畜をあまり苦しませないで「出せる」こと、もうひとつは胸腔内に血がたまるので回収が容易であることです。もうひとつ、これはシャーマニズムとの関連ですが、「家畜が死ぬ時に上を向いて死ぬと、その魂が天に召される」と信じられています。「家畜は(草を食べるために)いつも下を向いている、それを仰向けにすれば上を向く」という訳です。

羊のような比較的非力な動物なら男2〜3人で押さえつけることは可能ですが、これが牛となるとそうはいきません。そこで牛を「出す」前に一工夫します。

工夫その1
斧を持って牛に近づき、牛に気付かれる前に斧の背で牛の2本の角の間をぶん殴って(!)気絶させます(これを読んで笑うなかれ、これには一撃で牛を気絶させる力とテクニックが要求され、しかもしくじろうものなら怒った牛に反撃される危険性もあるのです!)。そして牛が意識を取り戻す前に素早く仰向けにして胸を切り開き、大動脈をちぎります。

工夫その2
牛の足をしっかり縛って動けないようにして解体に入る。こちらは「一般的」という感じはしますが、その1と違い牛に苦しみを味わわせることになります。しかも牛は恐怖を感じると心臓と血管が膨張し(なんかウソみたいですが、本にそう書いてありました)大動脈をちぎるのが難しくなるので、スピードが要求されます。

家畜の「出し方」の2つ目は、首のあたりにナイフを刺して出血させる方法です。主に大型の家畜に対して行われます。

この方法は、羊に対しては絶対に行ってはいけません
モンゴル帝国時代には征服した各地で「家畜の首にナイフを刺して殺してはならない。必ず仰向けにして胸を切り開いて『出す』こと」という法律で規定していたくらいです。これがフビライハーンの元朝になるとさらに徹底され「首にナイフを刺して羊を殺した者は同じように処罰し、その妻子と財産を通報者に与える」という厳しい罰則がつくようになりました。

【寄稿者プロフィール】

田中英和
中国語・モンゴル語講師、モリンホールの演奏・講師など。